第三章 知沙 1.

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 知沙の母親の真知子(まちこ)は、よその町から伊藤家に嫁に来た。嫁入りの際は、美しい花嫁を一目見ようと町中の人が花嫁行列を見物に来たものだと母が言っていた。  知沙も真知子に似て、綺麗な目鼻立ちをしていた。ジーンズに着古したフリースを羽織り、髪は後で束ねてすっぴんだったが、早朝の冷たい空気に触れて頬が赤みをさして、年齢より若く可愛らしく見えた。  知沙は小さな頃からいつも朝陽の後ろをくっついて回っていた。  泣き虫で弱虫の、日本人形みたいに愛らしい知沙が、やがて思春期に入って女性らしく変わっていくにつれて、朝陽は知沙を一人の女性として意識するようになった。  けれども、知沙は母の方針で隣町の女子高に通うことになり、地元の県立高校に進学していた朝陽とは関わることが少なくなっていった。  朝陽は盛岡の大学へ進学し、知沙は隣の市にある短大に進学してさらに縁が薄れて、朝陽の知沙に対する想いは淡く消えていった。  知沙は短大で保育士の資格を取ると地元の保育園に就職したが、朝陽は教師になって最初の勤務地である海辺の町へ赴任した。  それで縁は完全に途切れたように思えたが、ある夏突然、知沙が朝陽の赴任地を訪れた。今から二年前のことだ。
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