第三章 知沙 2.

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 朝陽はひとりっ子だったせいなのか、幼い頃引っ込み思案で、わからないことをわからないと言えずにそのままやり過ごすところがあった。 「わからないから、もう一度教えて」とは、恥ずかしくて言えないのだった。  父はそれに気がついて、ある時、朝陽に言った。 「いいか、わからないことが悪いんじゃない。わからないことをわからないままにしているのが、とっても残念なことなんだ。どうしてもわからなかったら、誰かに助けを求めるんだ。そして、いつかお前もまた、誰かに教えてあげればいいんだ」  父は、『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』を子供の朝陽にもわかるように教えてくれたのだが、その言葉は大人になっても朝陽の心のどこかにずっと残っていた。  教師だから、なんでもわかっているわけではない。そうだ、わからないことがあれば、誰かに教えを請えばいい。亡き父が、そう言ってくれている気がした。 ーー沿岸部の震災を体験していない自分は、子供たちと一緒に学ぶ姿勢で、震災教育に取り組もうーー  朝陽のその想いは地元の人達にも通じたようで、よそから来たまだ新米の教師を温かく迎え入れてくれた。赴任校の校長が、昔、父と同僚だったというのも幸いした。  校長は、朝陽を息子のように可愛がってくれた。 「小野寺先生の息子先生」  父を知る地元の老人からは、そう親しみを込めて呼ばれた。
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