第三章 知沙 6.

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 父は浮気相手と密会するために、山の家を利用していたのか?  浮気の最中に、心臓発作を起こして死んだのではないか?  雪女が冷たい息を吹きかけていたというのは子供だった朝陽の見間違いで、口づけを交わしていたのではないか?  都会と違って、浮気相手と使うホテルは高速のインター脇のラブホテルくらいしかない。しかし、教師という仕事柄、万が一誰かに見られたら信用に関わる。それなら、山の家の方が安全だ。  父がたびたび山の家をひとりで訪問していた目的は、本当にひとりになりたかったからなのだろうか……。浮気相手との逢瀬に使っていたのではないか? じゃあ相手は誰か? と問うと、その答えは見つからなかった。  子供の朝陽は恐怖で女の顔をはっきりと覚えていなかった。ただ、白い着物を来た雪女と……。しかしそれは、その日の午前中に開かれた子供会で見た紙芝居のイラストが恐怖で混同したものだった気もする。  皆が語る父は、浮気をするような人間ではなかった。妻を愛し、子供を愛し、地域でも信頼され、誇りを持って仕事をする人だった。 (気のせいだ。考え過ぎだ)  疑いが朝陽を苦しめる度に、頭を振って否定してきた。 「わからないことは聞けばいい」と言ってくれた父だが、この答えは誰かが教えてくれるようなものではなかった。
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