第三章 知沙 7.

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「隣町から通ってきてた保育園の先生だったな」 「そうそう、美人で有名だったな」 「おっぱいも大きかったぞ」  老人たちのセクハラ発言も、もう朝陽の耳には入って来なかった。  それは知沙の母の真知子だった。  二人は、昔からの知り合いだったのだ。朝陽の疑惑は確信に変わっていった。  朝陽は翌年三月で教職を辞めて、地元に戻った。  父に失望したとき、教職への熱意が薄れていくような気がした。なんとか年度末まで勤めたが、朝陽の心と身体は燃え尽きたようになっていた。  赴任校の高橋(たかはし)校長は父の元同僚でもあり、それとは別に朝陽の教師としての資質を高く買ってくれていた。「教師としてやっていく自信がなくなった」と退職の理由を告げる朝陽をなんとか引き留めようとし、その意志が固いと知ると「休職という方法もある」と退職だけはなんとか止めようとしてくれもしたが、朝陽の気持ちは変わらなかった。  母は辞めた理由を聞くこともなく、朝陽を迎えてくれた。  それからも母は一切何も言わなかったが、親戚の間では「内陸の人間が海辺に行って、うまく行くわけねえ」と、地域に馴染めなかったことが退職の理由になっていた。本当のことを言って父の名誉を傷つけるわけにはいかないから、朝陽もその退職理由については否定も肯定もしなかった。  また、地元に戻ったからには隣家の知沙ともたびたび顔を合わせることになったが、父と真知子の関係に疑念を抱えた朝陽は、知沙への想いを封印するしかなかった。
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