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第四章 トラブル 1.
初夏の気持ちの良い朝、朝陽はいつものように仕事から戻った。
伊藤家の前を通ったとき、玄関に知沙が消えて行くのが見えた。愛犬の太陽の散歩が終わったのだろう。
東北の春や夏は駆け足で過ぎていく。
ここら辺の人は、ささやかなその季節を楽しもうと、庭に沢山の花を咲かせる。朝陽の家の庭にも、母が植えたラベンダーやマリーゴールド、りんどうなどが花を咲かせていた。
中に入ると、母が朝食を作っていた。
「おかえり。知沙ちゃん、仕事前に話したいからってうちに寄ってくれたのよ。会わなかった?」
太陽の散歩をしていたわけではなかったらしい。
「後ろ姿は見えたけど――」
「真知子さんが、悪いらしいの。入院が長引きそうって」
真知子は胃癌を患っていて、一度は手術を受けて退院したのだが、それ以来入退院を繰り返していた。
朝陽の母は、介護の仕事の前か後、毎日顔を見に通っていた。知沙も仕事の後、夕方病院に通っているらしい。
「のびのびになっていたお見合い、真知子さんの希望で来週するらしいよ」
母は流しの方を向いたまま言った。前に聞いていた見合いは、真知子が倒れたことで延期になっていたのだ。
「縁起でもないけれどね、自分が死ぬ前に知沙ちゃんの花嫁姿が見たいんだって。娘ひとり、遺していくのは心配でしょうしね。誰かしっかりした人に託したいらしいわ……」
母は淡々と話した。
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