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第四章 トラブル 5.
知沙に続いて朝陽も居間に入ると、「薬箱は?」と聞かれる。朝陽は薬箱を棚から出す。
知沙は薬箱の中から消毒薬を取り出すと、朝陽に畳に座るように命じる。
「滲みるかも……」と言いながら、消毒薬をつけたガーゼをなるべく痛みがないよう優しく傷に当てて消毒してくれる。
「朝陽、危ない仕事、してるんじゃない?」
絆創膏を貼りながら、知沙は心配そうに尋ねる。
「危ないって、夜間の工場の見回りだよ」
「本当?」
「ああ」
「だったらいいけど……」
納得がいかないようだった。
「お母さんはどう?」
話を変えようと知沙の母、真知子の話題を振る。
真知子が入院してもうかなりの時間が経っていた。
「うん……もうだめかもしれない」
知沙は下を向き薬箱に消毒薬やガーゼを片付けながら、ぽつりと言う。
「年を越すのは無理だろうって、先生に言われた」
「そうか……」
「お母さん死んだら、私ひとりぼっちになっちゃう……」
知沙が潤んだ瞳で朝陽を見た。
知沙の父親は知沙が高校生の時に亡くなっていた。
もともと財産家だったので、母娘二人になっても生活に困ることはなかったが、病気になる前は真知子も近所の保育園で朝と夕方のパートをしていた。
今、真知子が亡くなっても、知沙は保育士として働いているし経済面では心配ないのだろうが、広い家にひとりぼっちで頼る者もないのは心細いだろう。真知子が知沙の見合いを急ぐ気持ちは痛いほどわかった。
「知沙は俺にとっては妹みたいなもんだ」
朝陽は言った。本当は「俺がいる」とただ抱きしめてやりたかった。けれども……。
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