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「家も隣だ。ひとりぼっちじゃない」
それしか言えなかった。
知沙はしばらく朝陽を見つめたあと寂しく笑うと、「またおばさんが帰ってきた頃に来るね」と言って帰って行った。
「母さん、知沙のお母さんて、よそから嫁に来たって言ってたよね」
お盆になり、夜の涼しい風が入る仏間で、母のお酌でビールを飲んでいた。
仏壇には父の同僚で朝陽の赴任校の校長でもあった高橋校長が毎年送ってくれる日本酒が、二つのグラスに注がれ供えられていた。父と祖父の分だ。
祖父は朝陽が父と同じ教職についたことを見届けて安心したように、その年の冬に亡くなっていた。
「真知子さん? そうよ」
母も暑いからと珍しくビールを飲んでいた。
「どこか聞いてる?」
母は朝陽が赴任していた市の隣町の名前を告げた。
「父さんも、僕と同じ市に赴任してたよね」
「そうね、結婚する前にね」
「真知子おばさんの町と隣だよね。父さんはあっちでおばさんと顔見知りだったのかな?」
「聞いたことないわねえ。隣って言ったって距離が離れてるから、それはないんじゃない?」
母は父と真知子の間をまったく疑っていないようだった。
「そっか……」
母がいぶかし気な顔をする。
「それがどうしたの?」
「ううん、ふと思っただけなんだ」
朝陽は胡麻化した。
二人は確かに知り合いだった。なのに、それを母に黙っていたということが怪しい。
「もし、そうだったとしても、黙ってて正解だったのよ」
母は朝陽の心を読んだかのように言った。
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