第六章 焦燥 1.

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第六章 焦燥 1.

 金曜日の夕方。高橋校長が朝陽の家を訪れた。  朝陽は母に頼まれて酒を買いに行き、戻ると既に高橋は到着していて、仏間で仏壇に線香をあげてくれていた。急いで朝陽も、母の横に控える。  こうして会うのは、朝陽が学校を辞めて以来だった。 「紘子(ひろこ)さんにも、朝陽君にも、すっかりご無沙汰して」  仏壇に手を合わせたあと高橋は、後ろを振り向いて朝陽と母に挨拶した。 「高橋先生、こちらこそ、朝陽がお世話になっていながら……」  朝陽の母は息子が折角目をかけてもらっていたのに、教職を辞めてしまったことを謝った。 「紘子さん、それはいいんですよ。それより、朝陽君も元気そうで安心しました」    それから、仏間の襖を開けたまま、隣の座敷で母の心のこもった手料理で高橋をもてなした。  酒の相手は朝陽が務めた。  話題は母もよく知る高橋の妻子のことや、今の勤務校の話題、それに父にまつわる昔話だった。  最初はビール、そして日本酒と変えながら、酒を酌み交わす。高橋は明日も予定があり、今日は駅前のホテルに宿を取っているとのことだった。 「ところで、紘子さん。ちょっと朝陽君と二人で話させてもらえませんか?」  1時間ほど飲んだところで、高橋が母に言う。 「あ、はい。では私は芋の子汁とご飯を用意してきますから、お話が終わったら呼んでください」  そう言うと、母は席を外した。
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