第六章 焦燥 1.

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「朝陽」  高橋は朝陽の教員時代、プライベートで呼んでいたように名前を呼んだ。 「学校に戻る気はないか?」 「え?」 「実は今日、この地域で校長をやっている友人から、育休補助で期限付教員を探していると言われた」 「期限付き……」  思ってもみなかった。  期限付教員は県の正規の教員ではない。育児休業などで休む教員の代わりとして働く。教職があれば登録でき、登録者名簿に名前が載り、学校長との面談で採用される。 「私は君が教師を辞めたことが残念でならない。君ほど教職に向いている若者はいないと思っている。それは今でも同じ思いだ」 「高橋校長、それは買い被りです。自分は弱い人間です。子供達を教育する資格なんてありません」 「そうだろうか。自信満々で挫折もなく子供達の上に立とうとする教師より、自分を弱いと認められる人間の方がずっと教職に向いていると私は思うんだ」  高橋は言葉を続ける。 「今、夜のバイトをしてると聞いた。それが何であるかは聞かない。ただ、ずっと続けられるものではないだろう。少し時間はある。一度考えてみないか……」  今、バイトをしていることは母から聞いたのだろう。朝陽が答えられずにいると、高橋はさらに続けた。 「期限付でキャリアを積んでいけば、あらためて県の教員採用試験を受けることも可能だ」
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