第六章 焦燥 3.

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「真知子さんはそれは言ってなかったけれど、明日、2回目に会うっていうから、知沙ちゃんも前向きなんじゃないかしら」  母は淡々と答える。   朝陽はレストランで見た見合い相手の男らしい様子を思い出す。 「それから……」  母は辛そうに呟いた。 「真知子さん、ホスピス病棟に移ることになったって……」  それはもう、治る見込みがないということを意味していた。これからは痛みを取り、穏やかに最後の時を過ごせるように緩和医療に力が注がれるのだろう。  朝陽は知沙の心細さを思いやった。 「知沙ちゃんは、お母さんに花嫁姿を見せるのが最後の親孝行って言ってたよ。私はね……」  皿を洗っていた母の手が止まる。 「ううん、なんでもないわ」  母は言いかけてそれを止め、また皿を洗い出した。  朝陽は焦燥感が拭えなかった。  自分は同じ場所に立ち止まりただ迷うばかりなのに、物事は後戻りができない方へ進んでしまっている。智沙は結婚を急ぎ、真知子の命の火は消えようとし、また教師に戻る道を示されたというのに、どうしても拭えない疑念が足枷になって朝陽だけがこの場所から動けないでいた。  ふと窓の外に目をやると、知沙の部屋の灯りがちょうど消えたところだった。日付が変わろうとしていた。
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