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嬉しそうに割りばしを割って肉うどんを食べ始める原川。どんぶりに顔を近づけているところを見ると、その姿は男子学生そのものだ。
私は自分のお弁当箱の卵焼きを箸で割りながら「朝、食べてないの?」と訊く。
「今日寝坊したんすよ。本当はもう家出てないといけない時間に起きちゃって。それからはダッシュで。あ、ちゃんと歯はみがいてますよ」
食事中にそれを言われてもな、という意味を込めて少し笑う。
「そうとは思わなかった。全然寝ぐせもないし」
「ああ、寝るの上手ですからね」
「それ、意味わかんないですよ」
「宮森さんは毎日何時に起きてるんですか。お弁当作ってるなら早いですよね。五時?」
うどんを少しすすった後に今度はおにぎりをつかんで口に運ぶ。おにぎりにを噛むが、その所作も男の子らしいのにきれいで丁寧だ。おにぎりの形を崩さずに本当に口に入った分だけかけたおにぎりをつい見てしまう。
「そんなに早くないよ。全然。6時くらいかな」
「そういっても早いじゃないですか。あれですか?やっぱり結婚したら彼氏さんにも作るんです?」
「まぁ、そうなるかな」
「いいなぁ。きれいな卵焼きとか入った弁当毎日食えるなんて」
卵焼きは私の得意なおかずの一つだ。味も良く褒められる。コツなんてものは特にない。どうしてかきれいにできるのだ。いつ卵を巻き始めたらきれいに仕上がるか、箸の動かし方やフライパンの動かし方前習ったわけではないのにできてしまう。
味や作り方は簡単なのにコツが必要だから卵焼きをつくるのが苦手な人が多いらしいが、私から見れば唐揚げをあげたりする方が緊張する。油が跳ねるたびにひやひやするから。
仕事をきちんとするというのと同じくらい変わらないこと。私は毎日お弁当を作ってきているということだ。
卵焼きを褒められるのはうれしいが彼氏のことが出てくると気持ちが少し下向きになる。付き合ってすでに三年過ぎた彼氏とはあと一か月後に籍を入れる予定なのだ。
「原川さんは彼女いないの」
話の中心を変える勢いで原川にらしくない質問をする。
「今絶賛募集中ですよ。この間別れちゃって。まぁ、向こうは就活中でしたからね。いろいろずれちゃって」
「大学生の子と付き合ってたの?」
大学生とはいえ学生なのでそんな年下の子と付き合っていたのは驚いた。
「そんな、犯罪者見るみたいな目で見ないでくださいよ。向こうも年齢だけで言ったら成人越えてますよ」
「まぁ、そうだけど。社会人と大学生ってそんなに接点ないなと思って」
「飲み会で会ったかな。大学時代の友達と飲んだときに現役の子もいたんですよ。サークルつながりで。まぁ、よくある話じゃないですか」
「そっか。私はそういうのに参加したことないからあんまりわかんないんだけど、そういうのあるんだね。本当に」
しみじみと言いながらのりたまのふりかけをかけたご飯を食べる。あまじょっぱい味は大人になっても舌が甘えたくなる味だ。
その様子が面白かったらしく原川は吹き出した。
「そんくらいありますよ。え?宮森さん誘われたことないんですか?」
「友達がいないわけじゃないけどね。あんまりそういうの好きじゃなくていかないのよ。感じ悪いのはわかってるんだけどね」
「感じ悪くはないでしょ。そういう人もいますよね。でも自分が友達だと思っている人とはいくんでしょ?彼氏さんもいますしね」
「それはさすがに行くけど。でもこの年になると友達も結婚してる子の方が多いし子供いると全然状況が変わっちゃって。本当に時間を合わせるのが大変なんだよね」
自然と離れていく「人」。それは向こうから見ても同じなのだ。私が離れていってしまったと言われても仕方がない。そういうものだ。
「主婦も大変、仕事も大変、子育ても大変なうえに飲み会を開くのも大変なんて。なんだか全部大変なんですね」
他人事のように言う原川はすでに二つ目のおにぎりを食べ終わっていた。よく見ればうどんも半分以上は食べている。肉もすでにない。
「まぁねぇ。っていうか食べるの早いね。本当にお腹すいてたのねぇ」
「さっきからなんかすごい、年寄っぽいこといいますね。まだ30歳じゃないですか」
25歳の原川から見れば私はわりと年上だと思うのだが、最近の子は距離感が近いのか年齢を本当に「数」としか思っていないようだ。
「そうだけど。なんか十の位が変わると本当に年を取ったなと思うんだよ。原川さんにもわかるよ」
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