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年齢に関してはそこまで背負い込んだ気持ちもなければ、追い込まれた気持ちもなかった。私も年齢は「数」としかとらえていないからか周りの子が「もう30歳になってしまう」とふざけたような本気のような嘆きをきいてもピンとこなかった。
だがこうして原川のように二十代の子と話をすると自分がそれなりに年齢をかさねていることを明確に示してくれる。嘆くわけではないが明らかな年齢のギャップがあることをわざわざ言われている気がする。
しかし原川と話をするのは楽しい。さっきも「感じが悪いでしょう」と言ったことをまずは否定してくれた。本人は意識していないにしても、私の気持ちは少しだけ救われた。それだけで視界が晴れる思いだ。
ああ、駄目だ。いつもの悪い癖が出ている。今まではこんなことはなかったのに。
私は浮ついた心を引き留めるために自分が作ってきたお弁当に集中した。卵焼きのほかには冷凍食品のおばんざいと唐揚げ、ウインナーにピーマンを炒めたもの。きんぴらも作り置きにあったのでそれも入れてきた。
どれも親しんだ味。いいかえれば食べ飽きた味でもあるのに原川が一緒にいるときに食べるとどれも味が遠のきそうになる。
意識が常に原川に集中してしまうから。
こうして顔を合わせてご飯を食べるようになったのは原川が入社した時だった。
今日のように人がはけた時間帯に社員食堂に来ていた私はお弁当を広げて、その横にスケジュール手帳を開いて予定のチェックをしていた。まだ入社して三年目の時だった。もう新人でもなくかといって中堅とも言いにくいときだったので私は仕事に必死になり、新人を育てながらも自分も仕事を覚えなくてはいけない立場にいた。
ああ、この日は新人研修があるからメンバーが少し足りないのか。そっかここでまた送迎会があるから今月はあんまり無駄遣いできないな。などと予定をにらんでいたその時だった。
「あの、食事中すみません。聞いていいですか」
一瞬自分に話しかけられているとは思わなかったがその声が自分に向けられていると分かったと同時に、焦って顔をあげた。
「あ、はい」
そこにいたのが原川だった。まだ新入社員というのがよくわかるあどけない風貌をしていた。まだ四月半ばのころだ。入社したてでまだまだ場慣れしていないことばかりの時期。
原川は恥ずかしそうながらも親しみやすい口調で私に尋ねてきた。
「すみません、食堂ってどう利用したらいいですか。食堂の人、いなくて」
厨房を見るとそこに人影はなかった。ピークの時間をすぎるとたまに奥に入って明日の仕込みをしているときがあるのだ。声をかければすぐに出てくるはずだがそこまで気がまわらなかったのだろう。
「ああ、声をかけたら出てきますよ。えっと」
そう言って私は立ち上がった。原川は「すみません」と小声で言いながら私の後ろについてきた。
カウンター越しに厨房に向って「すみません」と声をかけると「はいよ」といつもの食堂のおばちゃんがでてきた。てに玉ねぎの皮を付けているところを見るとやはり明日の仕込みをしていたのだろう。
私は原川の方を見ると原川は安心したように顔をほころばせた。新人らしい表情だ。私に声をかけるだけでも緊張しただろう。
おばちゃんも出てきたことだし、じゃぁという気持ちで頭をさげてその場を去ろうとすると「あ」と原川が声をあげたので振り返る。
「ありがとうございます」恥ずかしさを残した笑顔をして原川がお礼を言った。
「いいえ」
私は一言そう残してから自分の席に戻った。とっさのことでまだ慣れない緊張のようなものが残っていたが、新人の手助けができたという先輩風を感じながらお弁当を食べた。
スケジュール手帳に再び目を落としていたがふと、視線をあげるとその先に原川少し離れた席で牛丼を食べていた。
私に背を向ける向きで座っており表情は見えないが、箸が進んでるところを見るとおいしくご食べているようだ。
よかったね、と心の中で思った。
それだけの出来事で終わるはずだったがそれから原川はちょくちょく声をかけてくれるようになった。
「おつかれさまです」だけの時もあれば私がお弁当を食べていると社員食堂にあるデザートをごちそうしてくれたり、コンビニで話題のスイーツをくれることもあった。
初めはこの子は私のことをどう思っているのだろうと付き合っている彼氏がいながらも新鮮なときめきを感じた。しかし、親しくなるうちに原川は誰にでもそう接する人柄なのだろうと知った。
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