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今日は意外と人が居るなぁ。
決行の日、意を決して足を踏み入れたアカシアの店内は、いつも通りの静かさで、好んで座るテーブル席も空いていた。
ここまでは順調だ。
なるべくいつも通りを装いながら席に着く。
程なくして彼女が注文を取りにやって来た。
「いつもので良いですか?」
「はい。お願いします」
ヤバい、声が裏返りそうだった…。
平常心を保とうと、コップの水を一口飲んだ。
カチカチといつもは気にならない時計の音が気になる。
まだ15時30分
作戦決行まであと30分もある。
特にその時間でなくてはいけないという訳ではないのだから、少しぐらい早く決行してしまっても問題ないのだが、生真面目な性格が災いしてしまう。
あと20分
あと10分
あと5分
よし、これを飲み終えたら、いつものように本に栞を挟んで、そのまま机に置いて、席を立つぞ。
16時
ガタン
席を立ってレジに向かう。心臓の音がヤバい。心なしか伝票を持つ手が震えている気もする。
レジで彼女に伝票を渡し、会計をしてもらう。
今日が最後になるかもしれない。
そう思うと、なんだか泣けてきそうになる。ダメだ。外に出るまでは平常心でいなければ。
ニコッと微笑んでお釣りを渡される。
あぁ可愛い。頼むからこれが最後にしないで欲しい。
そんな事をつい思ってしまったので、最後はちゃんと笑えていたか自信が無い。
カランカラン
重い木のドアを開け外に出る。
軽く身だしなみを整え、深呼吸。
よしっ いつもより気持ちゆっくり歩こう。
一歩 二歩 三歩…
カランカラン
微かに背後でアカシアのドアベルの音が聞こえる。
「お客さーん。待って下さい。忘れ物」
振り返ると、彼女が高く挙げた右手に僕の本を持ち、笑っていた。
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