色づく言の葉

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

色づく言の葉

「す、すみません!」  一回目のペアワークが終了した後、なぜか的場さんに謝られた。 「え、なに?」 「その、私が話してばかりで、結局調べる短歌を決められなくて……」 「ああ、いいよ。まだ時間はあるんだし。次の時に決めよう」 「はい……」  先ほどまでの威勢はどこへ行ったのか、すっかり落ち込んでしまった彼女に挨拶をして教室を出る。  昼休み、屋上での待ち合わせ。  女というのは、相当色恋沙汰が好きなんだな。  待ち合わせ相手の顔はいつものごとく、覚えていない。 「私ねぇ、白田のこと好きなんだぁ。だから、付き合ってほしいなぁって」  甲高い声に間伸びした口調、くねくねと体を動かす謎の動き。  そして、彼女の頭上のフキダシに現れた黒みがかった汚いピンク色。  何もかもが気に入らない。 「付き合う気ねえから」  申し訳ないなんて、かけらも思わない。  怒りとは違う、苛立ちが現れた黒い文字。  つっけんどんな俺の返答に、彼女のフキダシは真っ赤に染まった。 「はあ!? なんで!? 私よりいい人なんていないでしょ! あのねぇ、私去年、ミスコンで一位取ったのよ? 一年生でなんて、史上初だって、校内新聞でも一面で!」 「だから? よくわかんねえけど、それが俺に関係あることなのかよ」  そう言い捨てて、俺は屋上を後にした。  彼女はまだ何か騒いでいたが、それを無視して扉を閉める。 「はぁ……」  思わずでたため息も、フキダシの中で真っ黒になる。  自分の感情も他人の感情も、隠すことなくはっきりと見える。  どうしてこんな能力を持ってしまったのか。  特に黒い文字を見るたびに、酷く気持ちが悪くなる。  人間の善意も悪意も、見えない方がいいのに。  気づけば、黒いため息だけで自分の周囲が埋め尽くされていた。  見えない。何も、見えない。 「白田くん!」  突然。  桜の花びらのような薄紅色が黒い澱みの中に差し込んだ。 「ぁ……えっと、的場さん?」 「あの、色とか染めるとかが入ってる短歌を調べてまとめてみたので……よければ、見てもらえたらなと」  ピンクと黄色が混ざったような、おかしいはずなのに綺麗な色。  フキダシの間から見えた姿は小さくて、声もおどおどしていて頼りない。  なのに、悪意のない声を聞くだけで、先ほどまで苛立っていた心が落ち着いてきた。 「ありがと」  その一言に、先ほどまでの黒さは無い。しかし、無関心の真っ白というにはほんの少しだけ色づいていた。 「ちょっと見せて」 「あ、はい!」  一言話すごとに、白かったはずのフキダシが何色かに染まっていく。  的場さんがまとめてくれた資料には、短歌と共にその意味と作者の解説が丁寧に載っていた。  その中で一つ、目についた短歌があった。  下に書いてある意味を見て、理解する。  そうか、俺のフキダシを染める色は。 「この詠にしない?」  自覚したからだろうか、先ほどよりもわかりやすくフキダシが色づいている。 「この詠……わかりました! 次の授業で、この詠について調べますね」 「俺も調べるよ。よろしくね、的場さん」 「はい!」  俺たちの視線の先にある詠。   『色もなき心を人に染めしよりうつろはむとは思ほえなくに』  色などついていない私の心をあの人で染めた時から、私のこの気持ちが移ろうように変わっていくなんて思えません。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!