忍ぶれど……?

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忍ぶれど……?

「し、白田くん!」  昨日の今日だから、さすがに覚えている。  国語の授業のペアワーク。先々週にくじ引きをして決めたペアの相手は、どうやら彼女だったようだ。 「えっと……的場、さん。よろしく」 「ひゃいっ!」  先ほど配られたペアワークの名簿の名前を慌てて確認して、忘れてませんよアピール。フッた相手にここまでする必要は無いかもしれないが、人間関係波風を立てないためには重要だ。まあそんなことをグダグダと考えている俺の言葉は結局気持ちの伴わない空っぽなものだから、変わらずのっぺりとした白い文字にしかならない。しかし、 彼女の文字は飽きもせずピンクに色づいていた。  異性の前で緊張で肩を震わせ、顔を赤くする彼女を人々は初心だとか可愛いとか評価するのだろうけれど、俺にとっては結局ただの人間に過ぎない。 「じゃあ……やろうか」  今回のペアワーク。内容は、三回にわたる授業の時間内に短歌を調べてまとめるというものだ。  しかし、こういう時に限って短歌とは全くタイミングが悪い。  短歌の多くは恋愛を詠っていて、その中には片思い中に詠まれたもの、成就したもの、遠距離恋愛中のもの、心が離れつつあるものなど、様々な恋愛が詠われている。  目の前の人物に告白され、フッた翌日にこの授業とは……そもそもなんであんなタイミングで告白してきたんだ、と少し彼女を責めたくもなるが、ペアワークの相手はさっきまで知らされていなかったのだから仕方ない。こんなのはただの八つ当たりだ。 「って言っても、俺あんまこういうの詳しくないんだよね」  理系だから苦手なのは事実だ。あわよくば彼女に全部押し付けられたら……と考えてはいるが、化粧っ気もない真面目そうな彼女はきっと許してはくれないだろうと思っていた。 「あ、そしたら、気になる単語とか興味があるテーマとかで調べてみるのがいいかも! 何かある?」  ほらやっぱり。参加させられるらしい。 「うーん……色、かな」 「色? そしたら……そのまま色とか、あとは染める、とかかな」  そう呟きながら、的場さんはブレザーのポケットからスマホを取り出して調べ始めた。  ふと的場さんの頭上に現れるフキダシを見てみると、イチョウのような黄色の文字だ。文系で、こういうものが好きなんだろう。丸投げにはできなくても、ある程度は任せることができそうだと安心した。 「あ、出てきた。『花の色はうつりにけりないたづらにわが身世にふるながめせしまに』とか、『白鳥はかなしからずや空の青海のあをにも染まずただよふ』とか……」 「へえ、色々あるんだ」 「うん。短歌で色を用いることは多いよ。表情のことを色っていうこともあるし」 「あ、これは?」  俺が指し示したのは「忍れど」で始まる詠だ。対して興味があったわけでもなく、適当に目についたものを指差してしまった。 「『忍れど色に出にけりわが恋はものや思ふと人の問ふまで』だね。知られないように隠していた恋心だったんだけど、あまりにも顔色にでしまうから、人から「恋でもしたの?」と聞かれてしまうほどだったって詠だよ」  的場さんみたいだな。  俺は彼女の解説を聞いて、そう思った。  わかりやすくピンク色の文字で自分の恋心を主張して、こちらからすれば酷くうるさいそれ。  本人は隠しているつもりなのか知らないが、文字にはありありとこちらへの好意が現れている――とフキダシに目を向けると、まだそこに書かれた文字はピンク色だった。  好意がないわけではないが、どうやら短歌には勝てないらしい。  相手の好意に関心なんてないはずだったのに、短歌に負けたのがなんだか悔しかった。
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