死神は黒に染まりて

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死神は黒に染まりて

この世界は醜い。 感情が渦を巻いてその一つ一つの『色』がぐちゃぐちゃに混ざり合い、やがて真っ黒に染まっていく。 すべてを飲み込んでしまう俺と同じ『黒』に。 「…そろそろかな」 時刻は21時直前。 黒いフードを深々と被り自分の身長とは不釣り合いな大鎌を握りしめた俺は死の気配を探す。 「それにしても便利っすよね、時雨先輩の目」 半歩後ろからこの場に不似合いな黄色が見え俺はため息をついた。 「…楽しそうだね、水無月」 「そりゃあ!感情や人柄が色で視える人なんて聞いたことないですもん!」 「…そんなにいいものでもないさ」 そう、俺の目から視える世界は異質で残酷だ。 笑顔で話すその感情は嫌悪や羨望で染まっていたり、悲しそうに俯く姿から悲しみなど1ミリも感じないキラキラした色が視えてしまうことなど日常茶飯事だ。 だから、この目を持って生まれた自分を許せずに命を捨てた。 (はずだったのにな…) 「…見つけた。100メートル先のビルの屋上にいる!」 「了解っす!」 俺と水無月はターゲットに向かって走り出す。 死神、魂を管理し死者を冥界へ送り届ける者。 死を迎えた人間の中から適正のある者がその資格を手にする。 俺はこの目を受け入れることができるまでこの仕事をすることを選んだ。 死の色を感知することができるこの目は死神の仕事において使い勝手がいい。 なぜそうしたのか自分でも分からない。 何か忘れているような、何かしなくてはいけないような気がしてならなかったのだ。 「…こりゃひどいっすね」 水無月が額に手を当てるように頭を抱える。 現場は真っ赤な血の海が広がっていた。 倒れている男性は何箇所も刺し傷があり、凶器のナイフからは強い憎しみの色を感じる。 (真っ黒だな…) たくさんの色が混ざりあった先にある漆黒。 現場ではよく目にする色だ。 すべてを飲み込み、染めてしまう恐ろしい色。 俺がこの世で最も嫌いな俺自身と同じ色。 「よく頑張りましたね…今、冥界へ連れて行きますから」 横たわる男性の前で手を合わせた水無月からは暖色が混じり合う暖かな想いが伝わってくる。 普通、死神になるのはこういうタイプだ。 心優しく暖かに死人を送り出せる人間。 (…なんで俺はこうなんだろうな) 自分から湧き上がる黒から目を逸らし、俺も男性の前で手を合わせた。 「さて、時間っすね…」 「あぁ、水無月がやってあげな」 「はい!行きますよー」 水無月が大鎌を振るい彼の魂を狩る。 その姿は身を包む真っ黒な服が不似合いなほど水無月の優しさで溢れていた。 (俺はこんな風にはなれない…) 別にこの亡くなった男性に対して負の感情はない。 だが、ナイフから伝わったこの人を刺した誰かの憎しみを思うとその行いが果たして本当に悪だったのか疑問が残る。 色んな想いを知ってしまっているが故か、何が善で悪なのか分からない。 死人に対しこんなに優しく接することができないのだ。 後輩なはずの水無月の方が立派であるように思えて俺は黒く染まった拳を握りしめた。
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