美しき無色透明

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美しき無色透明

宙に浮かんだ男性の魂を水無月が大切そうに両の手で包み込む。 「じゃあ、オレはこの人を送り届けるので」 「うん、行ってらっしゃい。水無月はもう1人でも大丈夫そうだね」 「そんなあ!まだ不安っすよー!またお願いしますね、時雨先輩」 にっこりと微笑んで歩き出した水無月の背中を見送りながら複雑な気持ちでいると… (…あれ?あそこに誰かいる?) 向かい合ったビルの屋上には長い黒髪をなびかせた少女が立っていた。 「…っ!」 声にならない声が夜空に溶けていく。夜風を受けながら空を見つめる彼女は息を飲むほどに美しかった。 透き通った白い肌に艶やかな黒髪、大きな瞳と長い手足。 「綺麗な人…」 今度は出す予定のなかった心の声が思わず漏れてしまっていた。 (何をやってんだ、俺は…) (彼女にこの声が届くことはないのに…) そう、生身の人間には俺たちの姿や声は分からない。 はずなのに… 「えっ…?」 (こっち見てる…?) その視線は明らかにこちらへ向けられている。 (いや…まさか、俺が見えるの?) 「あっ…」 次の瞬間それは確信に変わった。 彼女は俺の目をみて微笑んだのだ。 どこか儚げで、今にも消えてしまいそうで、美しい笑顔だった。 (…なんで?俺…) 自分の頬を何かが伝う感覚がした。 指で触れてようやくそれが涙だと理解する。 そして向かい合ったビルが市内の総合病院であることで俺はすべてを察した。 (君はもう…長くは生きられないんだね) 俺たちの姿が見えるのは死期が近い人間だけだ。 彼女に俺が見えているということはつまりそういうことだろう。 高校生くらいだろうか、1年前に死んだ俺と大体同じくらいの歳頃のようだ。 (でもどうして…涙なんて…) 今まで死神をしてきて涙を流した事などなかった。 感情が視えてしまう俺にとって人の気持ちを察することも、理解することも決して難しくない。 ただ、その心に寄り添うことはできないまま死人たちを送り出してきた。 でも彼女の笑顔を見ていると涙が止まらないのだ。 何か懐かしいような、悲しいような、そんな気がするがこの感覚の正体が分からない。 (生前、どこかで会ったことがあるのか…?) 死神は生きていた頃の記憶をどんどん忘れていく。 覚えているのは自分の名前や死に直結した理由くらいだ。 今感じている既視感はそのせいなのかもしれない。 (…馬鹿だな、そんなことを気にしたって運命は変わらないのに) (俺らしくもない…) 自虐的な笑みを貼り付け彼女から目を逸らそうとした時、もう1つの違和感に気付く。 (色が…ない…?) 微笑む彼女からは色を感じなかった。 いや、正確には透き通った美しさを感じる。 何にも染まっていない清らかな色。 それは真っ黒に染まった闇を洗い流してくれる雨と同じ無色透明。
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