嫌われ蛇の旦那様

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 部屋は相変わらず、アマネの過ごしやすいように整えられている。 「ホットミルクでも入れるから座ってて」  クゼがそう言ってキッチンへ行こうとするのをアマネが袖をつかんで止めた。  クゼはアマネを見下ろしてそれから困ったように笑った。  それから、そっとアマネの髪の毛に手を触れて、優しくなでた。  その手はとても大切なものを撫でる風で、アマネは思わず目を細めた。 「目、金色だったんだな」 「はい……」  素直に答えるアマネを見てクゼは何もかもを自分に見せてほしいと思った。 「気持ち悪いでしょう?」  知ってますと言わんばかりにアマネが言った。  蛇である彼が社会から正当な評価を受けてこなかったことをクゼは職業柄知っているし、あの簡素すぎる部屋も、何も言えない彼の性格もそれによるものなこともわかっていた。  だから、これは彼にとって当たり前の自虐なのだろう。 「きれいだよ。世界一きれいだと思った」  けれど、クゼは自分勝手にその自虐が許せなかった。  吸い寄せられるようなアマネの瞳は美しい月にはちみつをかけたみたいでクゼにとっては美しいものだと思った。  いとおしい人の(かんばせ)なのだ。 「遅くなって、ごめん。アマネのことが好きなんだ。俺と番になってほしい」  言ってから断られるかもしれないと思った。ちゃんとした人からほど遠い、ガワばかり取り繕った男だ。  実際は好きな人間一人自分のそばにおいてさえおけなくて、碌な性癖じゃない一人の獣人でしかない。  クゼが見下ろしたアマネのきれいな瞳に透明な膜がはる。それが涙だとクゼが気が付いた時には涙ははらはらとアマネの瞳から落ちていた。 「うれしい。夢みたいだ……」  本当に夢を見ているのかもしれないとアマネはつぶやいた。  アマネが喜んでいる様子を見て、クゼにはこみあげてくる感情があった。  それは歓喜と、もっともっとアマネを自分のものにしてしまいたいという欲求で、それを抑えきれずクゼはアマネを強く抱きしめた。 * * *  クゼがアマネを好きだと言ってくれた。アマネでいいと、アマネと番になりたいと。  アマネはそれで充分だった。  クゼがアマネを選んでくれるのであればそれはアマネにとって最上の幸せだった。  クゼは家族を止められなかったことを後悔しているように顔をゆがめたけれどアマネにとってそんなことよりもクゼがこうして迎えに来てくれたことの方がよほど重要だった。  クゼとアマネは二人のためのベッドで見つめあっていた。  思いが通じ合って初めてこうやってベッドに一緒に入った。  発情期が来ている所為でアマネの下腹部は重く、じくじくと痛む位だ。  番からの刺激をいまかいまかと待っているのがアマネ自身にもわかっていたたまれない。 「俺がのんでほしいって言ったのにね」  こんな状況になるまで放置してごめん。クゼはそう言って謝った。  アマネは別に謝ってほしかった訳じゃない。  いつでもそうだけれど、クゼが申し訳なさそうな顔をするのは苦手だった。  だから、なんて返したらいいか分からなかったアマネは以前思ったことを口にした。 「ずっと、キスをしてほしいって思ってました」  偽物の番だからしてもらえないんだと思ってました。  アマネがそう言うとクゼは「違う、お試し婚が終わったらすぐに番契約をする予定だった。もう準備もしている。その時まで取っておくつもりだったんだ」と返した。 「でも、アマネにそんな思いをさせていたなら、もう絶対に待たない」  クゼはアマネの頭に手を伸ばすと髪の毛を優しくすく。  それから、クゼは目を細めた。近づいてくる顔にアマネもぎゅっと瞳を閉じた。  最初は触れるだけのキスだった。  何とかちゅっちゅ、と触れるだけのキスをした後、クゼは「アマネ、緊張しすぎだよ」と言って頭を支える様にしていた手でもう一度アマネの髪の毛を撫でた。  恐る恐る力を入れてすぎた目の力を抜いて薄目でクゼを見た。  クゼはうっとりとアマネを見ていてアマネの力が抜けたのを確認するともう一度キスをした。  今度は舌が差し入れられる深いものだ。  クゼの舌は肉食獣の特徴なのか、アマネのものよりざらざらとしている。  アマネの舌は動物の蛇の特徴はまるで受け継いでいないので不思議だ。  けれど、そんなことを考える余裕はすぐになくなってしまった。  クゼの舌がアマネの歯列をなぞる。  ぞわりとした快楽がアマネの中ににじむ。  思わずアマネはクゼの腕にしがみつく。  キスに慣れないアマネの息継ぎのために時々唇が離れるけれど、またすぐに吸い寄せられるように口づけられる。  舌を絡め、唾液を飲ませあう。  上あごを舌で舐められたとき、のどの奥から快楽を伝えるくぐもった声が上がってしまった。  キスというのがこんな官能的なものだとアマネは初めて知った。  しばらくキスをし続けていたクゼがアマネの唇から離れる。  クゼの唇は二人の唾液で濡れている。  それが恥ずかしくて赤くなりながらアマネは視線を逸らす。  クゼはなぜかそれをみて嬉しそうにのどで笑っている。  クゼがアマネの服を脱がせようとした。  この先にどんな行為があるのかアマネは知っている。  でも今までと今日は何もかも違う。  二人は番になると決めて、アマネは種の効果が出ている状態だ。  避妊する方法はいくつかあるけれどどれも完璧ではない。  そういうことををするということは子供ができるかもしれないということで、アマネが一番心配していることもそれだ。 「子供が蛇でもクゼさんは本当に、いいんですか? 僕は、それが怖い」  アマネの言葉にクゼは息をのんだ。 「俺は蛇が好きだよ。アマネのことが好きだ。 アマネの子供がどんな子でもきっと俺はその子のことも大好きになるよ」  このすべすべの良さを全獣人類は知らなさすぎる。と言いながらクゼはアマネの脇腹を撫でた。 「ひぁんっ!」  そんなところが感じるなんてアマネは知らなかった。  甘い刺激に体がふるえる。  体中が敏感になっている理由を種に押し付けてしまいたいけれど、多分それだけじゃない。それはアマネにもわかっていた。 「うん、いい声」  嬉しそうにクゼがいう。  アマネはクゼの嬉しそうな声が好きだ。何もかもが好きなのだけど、彼が嬉しそうにしていると体がじんと暖かくなる気がする。 「はやく、ねえ、早くっ……」  アマネは自分がはしたないことを言っている自覚はあった。  後ろは何度か触られたことがある。  それなのにクゼは労わるように後孔を撫でて、それから中につぶりと指を差し込んだ。 指は濡れた感触がしたから、おそらくローションが付いているのだろう。  中にそれを塗り込むように指が動く。  いつもと違ってただ、アマネの快楽を追うだけではなくて、そこを拡げようという明確な意思のある動きだった。 「はっ、んぅっ、あっ……」  そこが気持ちいい場所だとアマネは知っている。この人に教わった。 「声抑えちゃだめだよ」  いつもよりクゼの声が色を含んで熱っぽい。  あくまでも優しくことを運ぼうとしているクゼにアマネが焦れる。 「ねえ、お願い、クゼさんっ……」  後孔がひくひくと震えているのがアマネ自身わかる。発情して体が番を受け入れたがっている。  クゼはふっと息を吐いてそれから着ていたものを脱いだ。  相変わらずクゼの昂ぶりは大きい。自分以外の人を知らないけれどアマネはそう思った。  あれが自分の中に入るのかと考えると思わす、アマネは唾を飲み込んでいた。  期待に体が少しだけ震えた。  向かい合う形でクゼがアマネにのしかかる。  クゼの灼熱が、少しずつアマネの中に入り込む。  初めてのアマネの負担にならないように少しずつ少しずつクゼの起立がアマネの中に入り込む。  そのじれったい感覚がたまらなくて、アマネは「んっ、んぅっ」と吐息をもらす。  根本まで起立が埋まったところでまるでほめるみたいに、クゼがアマネの顔にキスを落としていく。  とろとろに甘やかされているのがわかる。  クゼのシマシマのしっぽが揺れている。  クゼの昂ぶりが熱くて、思わずぎゅっとアマネはクゼにしがみついた。 「少しひやっとしていて、アマネの肌気持ちいいな」  クゼが猫のようにアマネの顔に顔をこすりつける。 「クゼさんは熱いね」  彼の体はどこもかしこもアマネにとっては熱い。 「熱っつくて気持ちいい」  ふふっ、とアマネが笑うとその振動がダイレクトにクゼに伝わるみたいで彼が一瞬呻く。  別に痛そうなそれじゃないのでうれしくて、もっと笑うと、お返しだとばかりに奥を突かれる。 「ひゃ、あっ、あっ……」  自分からそんな甘ったるい声が出るとはアマネには信じられなかった。  気持ち悪いと思われていないだろうかと見たクゼの瞳は情欲でギラギラとしていていつもより瞳孔が開いている。  アマネはその瞳を見るといつもよりもドキドキした。それから自分のことをそういう目で見てくれるクゼがうれしくて目を細めた。  クゼの汗がアマネの肌に落ちる。  クゼの匂いに包まれてアマネは幸せだった。  ぱちゅぱちゅ、と最初は緩やかだったクゼの動きが、だんだん遠慮のない動きに変わっていく。  奥を穿つ切っ先にアマネは声が抑えられない。 「もっと、気持ちいい声いっぱい聞かせて?」  耳元でクゼがささやくようにいう。  声は優しいのに、奥ばかりごつごつと叩くように揺さぶられていて、アマネは生理的な涙が浮かぶ。  足の先からじわじわと大きな快楽が昇ってくるみたいに体中に広がっていって、一際クゼの起立が奥を穿った瞬間、それがはじけた。  自分が達したとアマネが気が付いた次の瞬間、クゼのものがアマネの最奥で熱を吐き出した。  余韻にびくびくと震えるアマネの髪の毛をクゼがすく。  それから情事の余韻を残した色気のある声で「ありがとう、俺だけの番」と言ってアマネのこめかみにキスを落とした。  クゼのしっぽが愛おしいと言うようにアマネの手首を撫でる。  事後の敏感になったアマネの体はそれだけでふるりと震えた。 * * *  クゼとアマネが番になった日からすぐに、クゼは書類を完璧に整えて番契約書を役所に提出していた。  そのあたりは本業の人はすごいなと思っていたアマネだが、クゼが「引っ越そうか?」と言ったため驚いてしまった。 「うちの両親が酷いことをしてしまってすまなかった。 もうアマネがあの人たちと関わらなくて済むようにしたいんだ」 「気持ちはありがたいですが、引っ越しってクゼさん仕事は」 「おかげさまでどこでもできる仕事だから」  この際転職してもいい。なんてクゼが言い出したのでアマネは慌ててそれを止める。 「クゼさんは今のお仕事すごく努力されてされているんですよね。ならわざわざ辞めることは無いですよ」  クゼの両親の心無い対応は今でもアマネの心をじくじくと傷つけている。けれどそこまでしてほしいとはアマネには思えなかった。  親から縁を切られるつらさをアマネはよく知っている。きっと子から縁を切ると言われるのもつらいだろう。  別にアマネはクゼの両親に特別な思い入れがあるわけでも仲良くしたいわけでもない。  ただ昔の傷がクゼにその選択肢を選ばせることを許せなかった。 「君がそういうなら、それでいいけど……」  でも、さ。とクゼは続けた。 「君が造園技師として独立するときには、広い庭のある大きな家に引っ越そうね」  数日無断欠勤をしてしまったアマネの職場は、あの後二人で謝りに言った。  何故かクゼがしこったまに怒られていたけれど、アマネはなんのお咎めもなく再び働き始められている。  ありがたいことに職場の人はみな優しくて、勉強もはかどっている。  春には初めて仕事で手入れをしていた桜の花が咲く。それも楽しみだし、あの近所の公園の桜を二人でみるのだ。   「クゼさんは本当に僕なんかでいいんですか」 「こら、なんかは禁止だよ」  アマネがクゼにそう聞いた。 「でも、僕が選ばれる理由って無くないですか?」 「まずアマネは気性が穏やかで優しいし、思いやりがあるし、いちいち俺のすることに喜んでくれるし、大きい瞳はかわいいし、肌はツルスベだし――」  恥ずかしくなったアマネは、思わずクゼを止めた。  それから赤くなった顔を隠すように「でも最初からそんなことを知っていた訳じゃないですよね」と消えそうな声で言った。 「知ってたよ。何もかもが俺好みだって」 「え?」  アマネは聞き返した。 「だって、運命の番だから」  何をそんなおとぎ話みたいなことを、と驚いてアマネはクゼを見た。  けれどクゼはロマンティックな冗談を言ったという顔じゃなくてとても真剣な顔をしていた。 「俺が肉食獣だから、なのか、幻獣と呼ばれる種類だからなのかわからないけれど、君が俺の運命だってことだけはわかるよ」  写真を見たときびっくりしたんだ。それで実際にアマネを見て確信した。  何が何でも手に入れたくて、お試し婚なんていう無茶をしてしまった。  そう言いながらアマネを見る目は熱っぽくて真剣だ。 「だって、相性診断は間違いで」 「それはあり得ないよ。だって運命なんだから。入力したデータが間違っていたかシステムにバグがあるか。実際そうだったでしょう?」  多分、君の瞳の情報あたりが入力漏れしてたのかなあ。とクゼはアマネの頬を撫でた。 「間違ったデータでも出会えるなんて、やっぱり運命だねえ」  嬉しそうに目を細めるクゼの顔は、どこか野生の肉食獣のようでアマネはゾクリとした感覚が背中に広がる。彼が運命だと思ったのはいつからだろう。アマネは二人の出会いからを思い出すけれど、クゼがそう感じた瞬間を思い出せなかった。 「だから、アマネは安心して俺のところで幸せに暮らしてね」  クゼがそう言って笑みを深める。 『そして王子様とお姫様は末永く幸せに暮らしました』  昔読んだお話の最後の言葉みたいでアマネは嬉しそうにふふっと声を出して笑った。  どうやらこの人はアマネのわかりにくい表情をちゃんと理解しているらしい。 「末永く幸せに暮らしましょうね」  アマネが返すとクゼは「勿論」と言ってアマネを抱きしめた。 了
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