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二十一
その頃、ユキナとイサオはクリスタルエンタープライズが入る雑居ビルの前を行ったり来たりしていた。
「ちょっとユキナ、行くの? 行かないの?」
「ああ、もうちょっと待って考え中。さっきからエリナの携帯に電話してんけど出ないんよ。居なかったらどうしよ?」
「せめてショウ君には電話かメールしといたらどお? 勝手に動きまわると迷惑かもしれないし」
「ああ、わかってんよ。後でメールしとく」
ユキナが携帯電話の画面を見つめていたその時、事務所の扉が開いた。
「ミウラユキナさんですよね?」
ユキナが顔を上げると、少し歳上と思われる男が顔を覗かせていた。髪をバックに流し、切れ長の目が印象的だった。どこかで一度見かけたことがあったような気がした。
「エビサワと申します。何かウチの事務所に用事でも?」
低音が響く声を聞いて、イサオが目を大きくする。
「わぁ、イケメン、渋い!」
「そちらにヨシザワエリナって子がいると思うんですけど、今、いらっしゃいますか?」
「ああ、エリナね、今、外に出てるけど、すぐに戻ってきますよ。もしよかったら、ウチの事務所で待ってはいかがですか? それとも、やっぱり売れっ子のユキナさんじゃあ、そんな時間なんて無いかな?」
するとイサオが割って入った。
「いえ、いえ、この子、今日はオフなんで」
ユキナがイサオを睨んで、足を踏みつけた。
「じゃあ、よかった。すぐに戻ると思いますから、どうぞ入ってください。ケーキとお茶くらい出しますから」
ユキナは一寸迷ったが、イサオに目配せし、握っていた携帯電話をコートのポケットにねじ込んだ。
「では、お言葉に甘えて、少し待たせていただきます」
二人はエビサワの後について事務所に入って行った。ソファに腰掛け、出された熱い紅茶に口をつけた。エビサワはイサオをチラと見た。
「失礼ですが、そちらの方は?」
「ああ、コイツ? コイツはアタシのマネージャーでイサオ」
「マネージャーさんね」
「イサオちゃんです! ヨロチクビ!」
エビサワが苦笑した。
「ところでユキナさん、ウチのエリナから聞いたんですが、高校時代のご友人だとか?」
「ええ、エリナとは高校が一緒でしたから。この前久しぶりに連絡が来て、話したら同じ業界にいるって聞いて、そんで」
「随分とお友達思いなんですね。エリナも良い友人を持って幸せな奴だ」
その馴れ馴れしい言い回しを聞いて、この男がエリナの彼氏なのだと気付いた。
「エリナは元気にやっているのでしょうか? この前会った時、何となく元気が無さそうだったから」
「ええ、元気にやってますよ。昨日までVシネに出てたんです。まあ、ユキナさんのような人気タレントが出演するようなメジャーな作品ではありませんがね」
「そう、ですか、なら、良かった」
すると急に眩暈がしたかと思うと、目の前が暗くなり、意識が遠退いた。
「紅茶に・・・・・・何か・・・・・・入れ・・・・・・」
イサオの声が微かに聞こえたが、イサオも頭を殴られたのか、ウッという響きを残したまま力を失ったようだ。隣の部屋から呉美華が出てきた。気を失った二人を見下ろす。
「女はいいとして、このデカい男はどうするのよ」
エビサワが煙草に火をつける。鼻から煙を吐いた。
「一緒に死んでもらうしかないだろうな。刑事と一緒に来るかと思ったが予定外だった」
エビサワがユキナの頬に指を伸ばした。
「ただ殺すには惜しいが」
「ユウジ、やめてよ。だから男って奴は嫌なんだ」
エビサワがチッと口を鳴らした。
「わかってるよ、お前の好きなようにしろ」
と言って部屋を出て行った。
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