二十四

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二十四

 ショウがアウディを自宅マンションの駐車場に入れ、エレベーターに乗ろうとした時、後ろから声をかけられた。 「タザキショウさん、ですよね?」  ショウが眉をひそめた。 「どちら様? それより、どこから入って来た? ここは住人以外立ち入り禁止のはずだが」 「私はこういう者です」  男が名刺を差し出した。「山手出版」とある。芸能人のスクープで有名な出版社だった。 「一般人の俺に、何か用かな?」 「ミウラユキナさんは、今、どこにいるかご存じないですか?」  ショウはその男を一瞥した。 「何故、俺に聞く?」 「ここ数日、ミウラユキナさんの姿を見かけないんです。仕事もキャンセルされている。もしかしたら恋人である、あなたのところにいるんじゃないかって」 「恋人?」 「ええ、ユキナさんと交際されているんでしょう?」  男が手に持っていたカメラをショウに向けた。 「くだらんな、そんなの撮って何になる?」 「あなたには迷惑な話でしょうけど、世間は知りたがってる」 「確かにユキナとは同級生だが・・・・・・お前らが思っているような関係じゃない」 「そうでしょうか? 昨年の横浜中華街でユキナさんが暴漢に襲われたのを助けたのは、あなたですよね? そして、その後、芸能活動を休止した彼女が、あなたの部屋に入り浸っていたことを、本誌はちゃんとわかっているんですよ!」 「好きにしろ」  エレベーターの扉が開き、ショウが歩き出そうとした。 「ユキナさんは今、何か重大な事件に巻き込まれているんじゃないんですか? 私が最期に見かけたのは錦糸町、それ以来、彼女の姿を一度も見ていない」 「錦糸町だと?」 「そう、大柄な男と一緒に歩いていた」  ショウはすぐに錦糸町に向かった。都内とは思えぬくらいアクセルを踏んだ。パトランプは使えない。焦りがあった。ユキナをさらった犯人はわからないが、秋葉原での殺人事件と関係しているようでならなかった。ユキナのことだから、友人のヨシザワエリナを訪ねることは充分考えられる。錦糸町に痕跡が無ければ、池袋のシンドウマリコを令状無しで引っ張るつもりだった。けれども、そんなことをしたら、ユキナが事件に巻き込まれていることを世間に知らせることになる。騒ぎになればユキナの身に危険が及ぶことは目に見えている。事件を嗅ぎ付けたマスコミの記事が出るまで、あとどのくらい時間があるだろうか? 繁華街の中にあるコインパーキングに車を入れ、エビサワユウジの事務所に向かった。幸い、エビサワユウジの事務所の明かりは点いていた。前に立ち寄った時は不在だった。極ありふれた古い雑居ビル。ネオン街とはいえ、昼間でも人通りがある。ユキナをさらって閉じ込めておくには無理があるように思えた。すでに車でどこかに移動させられた可能性が高い。  インターフォンの呼び鈴を押す。明かりが点いているのに応答が無い。もう一度鳴らす。出ない。扉をノックして、「タザキ」と名乗った。すると扉が開いた。隙間から男の姿が見える。切れ長の目、オールバックの髪に見覚えがある。エビサワユウジだった。 「初めまして、ではないよな、タザキ刑事」 「なぜ、俺のことを知っている?」 「俺たちのこと、嗅ぎまわっているそうじゃないか? それに、あんたは覚えちゃいないかもしれねぇが、俺はあんたに過去に一度会っている」 「ああ、一度会っているな、六本木で」 「全く光栄だぜ、刑事に顔を覚えてもらうなんてな」 「なぜ俺が刑事だとわかった?」  エビサワが苦笑する。 「シンドウマリコは俺の姉でしてね、弟思いの姉が知らせてくれたんですよ、刑事が嗅ぎまわってるって」 「まるで俺が来るのを予期していたような口ぶりだな、望み通りこちらから来てやったんだ、中を見せてもらうぞ」  ショウが部屋に入ろうとすると、エビサワが手で制した。 「おっと待ってくれよタザキ刑事。令状はあるんですかい? さすがに令状無しで家宅捜索するのは無茶でしょう?」  ショウの目と、エビサワの目がぶつかった。ショウが苦笑する。 「お前、何か俺のこと勘違いしてないか?」  ショウがエビサワの手首をとり、捻った。 「痛てぇ、何しやがる。刑事のくせして」 「お前、その姉さんとやらに聞かなかったのか? 俺は刑事としてここに来てるんじゃないってことを」  ショウが手を放した。エビサワが手首を押さえる。 「クソッ、とんだ不良刑事だぜ、どうせ、どんなことしてでも調べて行くんだろ? 勝手にしろ!」 「大人しくしてろよ、妙なマネしたら撃つからな」  ショウがホルダーから拳銃を抜いた。シグザウエルP230J。32口径のストレートブローバック式で、32ミリACP弾を8発装填できる。日本でもSPや要人警護の連中が使っている銃である。 「こ、コイツ、マジかよ」  ショウがニヤリと笑う。 「何もありゃしないよ」  エビサワが吐き捨てた。全ての部屋を隈なく捜したが、ユキナに繋がるような痕跡は見つからなかった。 「また来る」  ショウが部屋を出て行った。 「覚えてろよ、あの野廊、女共々ぶっ殺してやる」  エビサワが唾を吐き捨てた。
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