三十二

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三十二

 その頃、ショウのアウディは盛岡南インターチェンジを降りて、高校時代の同級生であるクミコが待つ、盛岡南署へ向かっていた。盛岡の街はうっすらと雪化粧していた。署の前にある来客用の駐車場に車を停めると、クミコが出迎えてくれた。 「ショウ君」 「クミコ、その後どうだ、奴は見つかったか?」  クミコが首を横に振った。 「水沢江刺インターチェンジで降りた記録は残ってるんだけど、その後の足取りが掴めないの。盛岡に向かったとすれば、時間的にもう市内に入っていると思うんだけど」 「ユキナと一緒にいる男は盛岡の出身らしい。土地勘がある。奴の実家をマークしたいんだが」 「ショウ君、ミウラユキナさんの恋人って、あなたなのね」 「なぜ、そんなつまらないことを聞く?」 「ネット、見てないのね、今、その話題で持ちきりよ。ミウラユキナの彼氏が現役警察官だって」 「悪いがそんなゴシップに付き合ってる暇は無い。一刻も早く、ユキナを助けないと。説明はそれからだ」  ショウが署内を見渡すと、幾つもの好奇の視線にぶつかった。なかには軽蔑の意味すら含むものもあったかもしれない。 「クミコ、そのワタナベタイチという男の実家はどこだ?」 「松園よ、確か団地だったと思う。父親はいなくて、母子家庭で育ったそうよ」 「そうか、わかった」  ショウが息をつく暇もなく出て行った。自分に集まる好奇の目から逃れたかったからでもある。故郷の視線が冷ややかに感じたのが胸に突き刺さった。 「ごめんね、ショウ君」 「別にクミコが謝ることじゃないさ」 「でも・・・・・・」 「俺はユキナを連れて東京に帰る。ただそれだけだ。皆には宜しく伝えておいてくれ」  アウディのエンジンをかけた。真赤なインパネが、朝、まだ暗がりの中車中に浮かび上がる。クラクションを一度だけ鳴らした。松園までは車で三十分程である。盛岡の北の外れ、北上川を堰き止めて造った四十四田ダムの南側にある新興住宅地である。マンモス団地が幾つもある。松園まで続く坂道は、きっと氷結しているに違いなかった。  その頃、東京では万世橋署の面々がシンドウマリコの行方を追っていた。マークしていたはずの池袋北署の連中が何故かシンドウマリコと呉美華の車を見失った。万世橋署のリーゼント係長ことシンジョウが羽田に到着した時には、すでに呉美華は搭乗を済ませた後だった。 「妙だな、故意に見失ったとしか思えん」  シンジョウが眉をひそめた。 「そんなことって、あるんですかね?」 「わからんが、見ての通りだ」  上空をジャンボジェット機が轟音を轟かせながら飛び去って行く。 「係長、今、署から連絡が入りました。先程、池袋北署にシンドウマリコが出頭したそうです」  シンジョウが車のボンネットを平手で叩いた。 「クソッ、やられた! 奴らは最初から知ってやがったんだ」 「何をですか?」 「シンドウマリコが出頭することを、だよ」 「まさか、じゃあ、池袋の連中とシンドウマリコが」 「一先ず、署に戻るぞ。残されたエビサワユウジの行方を捜せ」  百台を越えるバイクが荒川の河川敷に集結している。そのバイクには「阿修羅」という文字が刻まれている。その中心にエビサワユウジの姿があった。 「後は頼んだぞ、俺はしばらくの間、娑婆には出て来らんねぇ」  バイクのエンジン音が響き渡る。姉のシンドウマリコは、妹の呉美華の殺人と弟エビサワユウジの殺人の身代わりで出頭した。この秘密は墓場まで持って行く。姉は恐らく死刑を免れるだろう。一つはヨシザワエリナを助けるための正当防衛に加え、その後、ヨシザワエリナに強請られていたと主張したからである。自首したのも効いた。金に糸目をつけず最高の弁護士をつけた。オニズカロクロウもできる限りのことはしてくれるだろう。呉美華は海外に逃がせても、エビサワユウジはミウラユキナとイサオを監禁した事実から逃れることはできない。すぐに逮捕状がでる。ただ、全てを知っていたヨシザワエリナは死んだ。今は残る二人の証人の口を封じるよりも、監禁罪で服役した方がよいというのがシンドウマリコの考えだった。罪を抱えたまま海外に逃亡すれば、二度と日本の土地を踏めなくなる。エビサワユウジは姉の考えに従った。何年かかるか知らないが、刑務所から出てきた時、再びタザキショウと勝負してみたくなった。今はそれだけだ。
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