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結婚式を一月後に控え、最後の出張から予定より一日早く帰路についた。
新居で共に住み始めて半年、一度は家に入って欲しいと彼から懇願された私は明日退職する。
客先への挨拶と社内での引継ぎも一通り終え、一月後に控えた結婚式の準備に明後日から専念できそうだ。
今日、出張から帰る事は彼に言わずに驚かそうと思い駅からタクシーに乗った。
そっと部屋の扉を開けると話し声が聞こえた。
玄関の踊り場に見慣れないハイヒールが足を揃えて彼の靴と並んでいる。
私は音を立てずにリビングへ近づいた。
「素敵なお部屋ですよね。柊さんの好みなんですか?」
可愛らしい女性の声が聞こえる。
「そうだよ。彼女の好みなんだ。俺の意見は一切入っていない。まぁ、この先も彼女の言いなりなんだろうと思うけどね」
「そうなんですか?都築さんってどちらかと言うと女性を引っ張っていくタイプの方だと思ってました」
「そう見える?実はそうなんだよ。これには色々とね、君だから話すけどさ、俺、逆玉なんだよ。彼女は子どもの頃に両親を火災で亡くしてるんだ。兄妹もいないし、遺産は全て彼女が引き継いだ。だからこのマンションも彼女が買って、彼女の名義。で、彼女ある大手グループ企業と親戚なんだよね。バックが大きいっていうかさっ、安泰でしょ。だから俺はしおらしくしている訳。彼女には家にいて欲しいって言って、愛妻家ぶりをアピールしているんだ」
その可愛らしい声の主とどういう付き合いなのか話の内容で判かり愕然とした。
「でも、それじゃ、もう逢えないですね。柊さんがお仕事辞められるんじゃ、こうして・・・・」
私は鞄からスマホを取り出し、録音ボタンを押した。
「そんなことないよっ!これからもっと、もっと逢える様になるよ。彼女は家にいるから外でいくらでも逢えるだろう。ほらっ、見てこれっ」
何かをチェストの引き出しから取り出している。
「彼女は身体を壊すんだ。俺は一年で独身に戻る。彼女の遺産を全て引き継いでね」
「この小瓶は?香水ですか?」
「そう、彼女の好きな香水。毎日身に付ける香水だよ。香りはね。特別なルートで手に入れた。これを毎日皮膚に付けると徐々に浸透して内臓を蝕む。体内から腐敗していくんだ。最初は倦怠感、めまい、そして嘔吐が続いて吐血する。そうなったらもう、手の施しようがない。俺は甲斐甲斐しく彼女の傍で看病する哀れな夫さ。で、そこから先はほとぼりが冷めたら君と」
身体を寄せ合う音が聞こえた。
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