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 互いにバーチャルシンガーとして活動を続けてきた唯花から通話の知らせが来た時、あたしは何の覚悟も出来ていなかった。  コラボやイベントでのリアルの出会いなど、順調に仲良くなってきたあたしと唯花、これからも二人でやりたいことは山ほどあった。  それなのに……。 「どうして突然引退するだなんて言い出すの?! 本当の名前が唯花だってこともまだこの前知ったばかりで、二人で話すときは本当の名前で呼び合おうって決めたばかりなのに……」  個人勢から大手事務所での活動に切り替えたいと、そう唯花は切り出した。  彼女の優れた歌唱力と人柄が評価され、スカウトを受けたそうだ。 「ごめんね、華蓮。でも、こんなチャンス次にいつあるか分からないから、もう決めたのよ」 どうしてこんなことになってしまったのか……、深夜遅く、唯花が打ち明けてくれた話しを聞きながら、考えようにも頭が真っ白になってしまって、あたしは動揺したまま唯花に向かって感情をぶつけることしか出来なかった。 「そんなの嫌だよ……、これからも一緒に歌を歌ったり、コラボだってたくさんするって、約束したじゃない……、まだ、果たせてない約束たくさんあるよ。  たくさんまだ、あたし……、唯花としたいことあるよ」  唯花の方から話がしたいって通話が来たときは嬉しくて、深夜にもかかわらず嬉しい気持ちになった。———話しかけるのは、いつもあたしの方からばかりだったから。  でも、よく考えたら、こういう話しをしたいから唯花の方から話したいって言ってきたのだと分かって、あたしはもっと悲しくなった。 「ごめん、約束はもう果たせないよ。  私が別の身体でデビューしても、知らないフリをして。  最後のライブが終わったら、私はもう私ではなくなるから。  プライベートだったらいつでも話に乗るからさ。  だから華蓮、許して欲しいんだ」  深刻そうに話しを続ける唯花の声がスピーカーから流れる。  物理的な距離と心の距離とが、同じようにあたしを苦しめる。  知らないフリをする? もう、表で唯花との関わりがなくなってしまう?  信じたくないことばかり……、酷な現実を突きつけられればられるほど、あたしの心は恐ろしいほどに、どんよりと沈んでいく。  何でなんだろう……、ライブの参加が決まった時はあんなに喜んでいたのに。  ”あたしがライブへの参加決まったんだ”ってそう話すと、唯花も”それ、あたしも”って、同じステージに立てることが分かって、二人してはしゃぎ合って喜んだのに……。    一体いつ誘いを受けたというのか。  いつからこんな残酷な運命に引きずられてしまったのか。  分からない、いつから、唯花はあたしに”隠し事”をしてきたというのか。   「どうして……、どうしてなの……?  自分を捨ててまで、どうして唯花がそこまでしないとならないの?」    つい感情が抑えられなくて問い詰めるようにあたしの言葉が続く。  こんなことを言いたいわけじゃないのに、言葉の放流が止まらなかった。 「捨てるわけじゃないよ。  それが正当な評価だったってだけ。  事務所側からすれば、今の私の活動を受け入れるより、新しい身体で出迎えた方がふさわしいって、ただ、それだけだよ」  唯花だってこんなこと言いたいはずがない、そんなことはすぐに分かった。  否定したいわけじゃないけど、前に進むために、耐え難い犠牲を唯花が受け入れようとしてることが痛いほど分かって、あたしは”これまで頑張って来た唯花”のためにも、すぐに受け入れるわけにはいかなかった。 「そんなのおかしいよっ!!!  唯花は悔しくないのっ?! あたしは悔しいよ……、自分を否定されているみたいで、たかが個人でやってる個人勢だって、馬鹿にされてるみたいで悔しいよ」  感情をむき出しにして、あたしは大きな声を上げた。 「そう……、かもしれないけどね。  でも、華蓮だって分かってるでしょ?   個人でできる活動に限界があるって、いつも話していたじゃない?」  少しずつ、唯花の声のトーンが落ちてきているのを感じ取った。  あたしと応対するのに疲れただけじゃない、唯花だって苦しんでいるんだと分かった。  あたしと同じことを考えていたのだと分かった。 「だからって……、自分たちの活動をなかったことにされる理由にはならない。  あたしはそんなの、受け入れたくないよ……」  モニターの前のあたしはもう涙で顔をくしゃくしゃにさせて、画面も曇って見えなかった。  唯花は……、こんな話しをする唯花は必死にあたしを説得させようと駄々をこね続けるあたしを納得させようと、通話を切ることなく応対してくれる。  辛いのはきっと唯花も同じなのに、涙を見せることなく、弱音を吐くわけでもなく、ただ、あたしのことを慰めるために言葉を尽くしてくれる。  唯花は分かっているのだ、こう振舞えばあたしがきっと折れると。  それを分かって、こんな接し方をしてくれているんだ。  だから、きっとあたしが折れないと、唯花は泣くことすらできないんだと、我慢を続けるしかないのだと、あたしはもう気づいてしまっていた。  でも、感情は鎮まるどころか溢れ返って来て、唯花を困らせる言葉ばかりが悲痛のあまり放流を続けた。 「そんなこと言われても無理だよ……。  あたしも一緒に引退する。唯花がいなくなってからも、活動を続けることなんて出来ないよっ!!!」  あたしは声を張り上げながら訴えかける。  深夜なんてお構いなしだった。    防音室にいるとはいえ、ここまで声を張り上げていいわけではないけれど、沸き上がる感情を止めることは出来なかった。  でも、そんな困らせてばかりのあたしに対して、唯花はあまりにも優しかった。 「そんなことないよ、華蓮のことを待ってる人はたくさんいるから。  だから、頑張って。  私は忘れないから、華蓮は配信を始めて初めてできた本当の友達だから」  唯花の言葉に胸が苦しくなる。  止めようと思っていた涙がまたこぼれ落ちた。  距離は離れていても、確かにあたし達は繋がっていると強く感じた。 「私だってそうだよ……、唯花が初めての友達だった。  ずっと一緒に成長しながら活動していくって、信じてたよ。  唯花がいてくれたら、毎日が楽しかったから。  唯花が頑張ってるなら、私も頑張ろうって思えたから」    自分の配信以上に唯花の配信が楽しみだった。  今もそれは変わっていない。  唯花の新曲がアップされるのをいつも楽しみにしていた。  一緒にコラボ曲を上げた時は、その何倍も、何十倍も嬉しかった。 「それでもね、お別れは来るものなんだよ」  あんなに一緒に満足いくまで意見を出し合って作ったコラボ曲。  でも、もう一緒に作ることはない。  現実を突きつけられればられるほど、深く心を抉られていく。 「やだよ……、信じたくないよ……」  もう、話すことが尽きていき、あたしは泣き言を言うことしか出来ない。  本当に憐れな子どものようだった。 「華蓮には最後は笑って見送って欲しいかな」  すべてを察したように、慈愛の気持ちを込めて唯花は言い放つ。  その言葉は十分義理は果たしたと言わんばかりで、あたしの否定しようとする言葉をはっきりと断ち切らせた。 「出来るわけないよ……、そんなお願い……、私はただ一緒に居られればよかったのに……」  そして、言葉を失った二人、あたしのすすり泣く涙声だけが深夜遅い部屋の中で流れ続け、やがて気休めにもならないまま就寝時間となり、我慢しきれずに通話が切られたのは、最後の言葉を発してから十分後だった。  あたしがパソコンの前から一度離れ、お手洗いに行って、パソコンの電源を落とそうともう一度画面に目を通すと、唯花からの感謝と謝罪の言葉が、ぎっしりと長文で書かれていて、あたしは一気に目頭が熱くなり席を離れ、ベッドの中で布団に包まりながら、再び涙を流し続けた、
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