冬に染まる

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「メロンソーダとレモン味どっちがいいと思う」 「そこで並べるならメロン味だと思うよ、やっちゃん」 「まず冬の窓の外を見てする会話じゃないと思うけど」 窓の外を見ながら突飛な事を言いだした八尋(やひろ)。 何の話かすぐに理解して、ツッコミを入れる善弥(ぜんや)。 それよりも突っ込む所があるだろうと言ったのが真咲(まさき)。 いつもの集まりを、真咲の部屋でする3人は緩い会話を繰り広げていた。 「窓の外を見てする話だろ、真咲は何が良いんだよ」 「いや、そのままでいいだろ」 「なんで」 「なんでもクソもないだろ。綺麗じゃん、町が真っ白に染まる雪景色」 「なるほどな……渋いなお前」 「うん、流石だね真咲」 「なにが流石なのか全然わからんけど、なんでこんな話になったんだ」 「いやーなんにも浮かばなくてな、外見たら雪景色だったもので」 八尋は企画メモをこたつの上に広げたものの、紙は真っ白なままの状態だった。 「なるほど。善弥は?」 「何時間も同じ動画弄ってるとさぁ、何が正解なのか分からなくなるんだよねー……」 善弥もこたつにノートパソコンを広げて、動画の編集をしようとはしているが、進みが良くなかった。 「こっちもドツボだったわけか。なるほど、通りで突飛で内容のない呟きが会話になるわけだ」 「おい、オレがいつも一人で変な事言ってるみたいじゃねぇか」 「違うのか」 「真顔で言うな真咲!」 「安心して、やっちゃんはそれが通常運転だから」 「肯定してるんだよそれは!」 「ま、どっちも詰まってるんだろうなと思って台所に居たんですけどね」 お盆に載せていた餅入りのあたたかいおしるこを、机の上に並べ始める。 その横で八尋は小さく拳を作って内容の無い話へ戻した。 「オレは真咲の好きな、そんな風流な世界を真緑または真っ黄色にしたい」 「やっちゃんは極彩色に染め上げたいんだ」 「真っ白にぶっかける原色って綺麗じゃないか?」 「確かに」 「別に雪の上じゃなくても良いと思うけどな。かき氷で充分だろ」 「町を染める程の白の上に、ドーンてかけるのが夢があるんだよ」 「……真っ白が良い俺にそう言われましても」 「確かに。お前と俺では分かり合えないだろうな」 「分かり合うもなにも無いと思うけど」 「でもさあ、レモン色って」 「それ以上は言うな善弥! 今、真咲が何を持ってきたものを何だと思ってる!」 「急にテンション高いな」 「何って……おしるこでしょ?」 「これから食べるって時にお前は何を口走ろうとしてた?」 「それはおし」 「善弥くん。それ以上言うなら、キミの分のおしるこは俺が今すぐさげるか八尋くんにあげます」 「真咲くんごめんなさい!」 「……よろしい」 「オレが止める必要なかったか」 「止めようとしてくれた八尋くんには俺の分の餅を一個あげます」 「よっしゃぁ!! ってお前はいいの?」 「一個数え間違えててさ、二人の分を増やすわけにもいかなかったから丁度いいんだよ」 「なんだよ。ご褒美じゃないじゃんそれ」 「いいだろ。一個多いんだし」 「そうだよ、僕だって欲しかったのに!」 「善弥は無くなる所だったのを反省して」 「真咲が容赦ないんだけど! 言いだしたのはやっちゃんだよ!?」 「俺はただ綺麗な黄色に染まった町が見たいって言っただけだぞ!」 「それはもうどっちでもいいから、冷めちゃうし早く食べて」 「はーい」 「はい、手合わせて」 「俺達のおやつは給食なのか?」 「そう言いつつやっちゃんは素直に手を合わせるのであった」 「うるせぇ」 「いただきます」 「いただきまーす」 真咲の静かな言葉に二人が同時に間延びして続く。 白い湯気と一緒に漂う香りを改めて吸い込み、あたたかいおしるこに口を付ける。 甘さが染み渡るのと同時に、善弥が呟いた。 「真咲は人を幸せの色にするのが得意だねぇ」 「……なに恥ずかしいこと言ってんの?」 「あながち間違いじゃないと思うけどな。俺と善弥だけだったらとっくに喧嘩して、この集まりも崩壊してるだろうからなぁ」 「オレは中間管理職、板挟みか……はぁ」 「もう少し前向きに捉えて欲しかったんだけどな?」 「そうだよ真咲、僕もやっちゃんも褒めてるんだよ」 「手がかかる上司と部下だなぁ……」 「え、どっちが上司で部下なの!?」 「手がかかるなぁ」 「おい真咲?」 「……部下とか上司とかそんなこと思ってないよ、仲間だろ」 「そうか」 「良かったぁ」 「手はかかるけど」 「そこも否定してほしかったんだけどな!」 「はははは、手がかからないようになってから言って?」 目が笑っていない真咲を前に、善弥が視線を逸らし、ついでに話題の逃げ道も見つけた。 「あ、見て見て、窓真っ白になった!」 「あったかいもんなぁ」 「……てかさ、なんで暖房つけないの?」 「いやほら、こたつもあるし、そのままだとおしるこがよりあたたかく……冷めて来たな」 「当然だろ、いくら断熱性高いって言っても限界あるからな。つけるけど良いよな?」 「うん、お願いします」 ピッ、と暖房のスイッチを真咲が入れると、八尋が伸びをしながら言う。 「いやーそろそろ冬本番かぁ……」 「雪降り始めてそろそろもクソもないけどな」 「言われてみれば」 「明日には真咲好みに染まってるかもね」 「何が?」 「町」 「……綺麗だろうね」 「そしてそれを原色で」 「やめろって」 「動画の中なら出来るよ!」 「善弥も無駄編集技術を発揮しなくていいの、続きやりな」 「もー詰まってるんだってばー。手伝ってよー」 「おしるこ食べ終わったらね」 「食べてたら眠くなってきたな」 「やっちゃんが逃げようとしてます!」 「俺も眠くなってきてるんだよね」 「真咲も!? ねえ手伝ってよー!」 「はいはい」 「そんなに騒がれたら寝れないから付き合ってやるよ」 身も心も温かくなってから、白く染まる町を横目に三人は作業を続けたのだった。
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