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12月の日曜日の朝早く、僕は高尾山に登ります。
別に登山が趣味ではないし、最近流行のアウトドア派でもないし。ただ、立川から近くて適当な山、という理由だけでカーナビに目的地を入れて、車をゆっくりスタートさせました。
4時過ぎの立川は車も全然走っていなくて、納品の2トントラックとよくすれ違う位、な交通量でした。40分も走ると八王子を抜け、「高尾山こちら」の案内看板の交差点を右に曲がって、少し勾配がきつくなってきた国道を進んでいきます。
車道の右側を走る線路を見ながら、高尾山口駅に到着。駅の隣にある駐車場に車を停めて、僕はダウンジャケットを羽織って、タオルと水をナップサックに入れて参道に入っていきました。
この時期でもまだ紅葉は残っていて、黄色い銀杏と赤い楓が足元に大量に散らばっていましたが、見上げる山肌にもまだ、大量の葉が残っていました。
夜明けまであと1時間ちょっと。まだ空には青みが多く残っていて、太陽の黄色い光が少しずつ、空の領域を侵食していくのが、木々の間から見て取れます。
山の緑、空の青、紅葉の赤と黄、いろんな色に囲まれていると、街の中にいるのと変わらない賑やかな風景だなぁと、ぼんやりと思いながらも、急勾配の登山道を歩いていきます。いくら舗装されている登山道でも勾配がきつかったら歩くのが大変なのは変わりません。
頂上までの間にある小さい休憩スペースがあったので、そこで一休みをしながら、見晴らしのいい崖の方に歩いていきました。結構登って来たような気がしましたが、まだ駅は見えたし、商店街の屋根もまだはっきり見ることが出来ました。
僕は、ナップサックから水を取り出して一気に半分位まで飲み干しました。
一息、大きく深呼吸をすると、職場で一緒だった彼女の事をふっと思い出しました。
今年の四月の人事異動で一緒の担当になった彼女は、社歴2年目の、ようやく一通りの仕事を覚えて、さぁこれから、っていうタイミングの女性でした。
入社してからすぐに企画能力の高さを発揮し、その企画が既存の取引先に評価され、とんとん拍子にその企画が実現した、っていうスーパー新人さん。
30歳を過ぎて、仕事をこなすだけなら、何とかなるようになった僕に比べたら、ものすごい期待されていました。
そんなスーパー新人な彼女ですが、こういうと「オジサン」っぽいと言われるんだけれども、ファッションセンスはまぁ、カラフル。派手。赤色のスーツで営業先に行くとか、オフィスでの黄色いシャツで青いジャージとか。まぁ、彼女なりに「赤は勝負服」とか「ブラジル代表が大好きなので」という理由を聞かされれば、まぁ、理解はできるけど、納得できるかと言われれば、感性が平成初期の僕にはなんともかんとも。
まぁ、実力が伴っていれば問題無しっていう部分もあったので、ある程度は多めにみられているところもありましたが。
そんなカラフルでスーパーOLな彼女でしたが、噂通り、仕事は出来ました。はっきりものをいう姿勢や、それでいて、ちゃんと相手の話を聞くあたりなど、「へぇ」と思わせるものがありました。
二つ新規の契約を取ってきた彼女は、自分のやり方にかなりの自信をつけたようです。とはいえ、バックアップというか、ちょっと強引な進め方の部分については、僕や部長が後ろからかなりサポートはしていたのですが、その事に彼女は気付いてか、気付かずか、どんどん仕事を進めようていました。その仕事のスタイルは、まるで「一度でも止まるともうお終い」とでもいうかのように、です。
その仕事の進め方に、部長が「心配だなぁ」とつぶやいていたのは、夏を過ぎたあたりでしょうか。
そんな部長の心配は的中してしまいました。9月に入り、彼女が進めていた企画で、旧知の取引先との調整が上手くいかず、僕たちがサポートに入ったタイミングでは、先方がかなりお怒りになっており、取り返しのつかないところまで行ってしまっていました。
結果、契約は打ち切られ、僕たちの会社に少なからず悪い影響を与えてしまいました。彼女は責任を感じてはいたようですが、それからも彼女のやり方を変えることなく、仕事を進めて、というか突き進んでいました。
見かねた部長が彼女を呼び出し、面談を行ったようです。旧知の会社には旧知のやり方があるから、そのやり方を踏襲するように、まぁ、かいつまんで言うとそんな様に話したそうです。彼女もその場では、分かったような体をしていたようです。
けれども、翌日、彼女は辞表を出して、有給消化をし始めてしまいました。
部長から僕は聞いたのですが、彼女の提出した辞表には「会社の色に合わせたくありません」というようなことが書いてあったようです。
僕は水をナップサックにしまい、また山道を登ります。
相変わらずな急勾配を進み、リフトの駅を通り過ぎ、神社の階段を上がって通り抜けると、少し勾配は落ち着いてきます。
登り始めから1時間ちょっとのところで、大見晴らし台まで到着しました。ビジターセンターの前のベンチに座り、水を飲んで一息ついた後、南側の見晴らしがよい所まで歩いていきました。
そこから見降ろす山肌は、太陽の光を浴びて明るくなってきています。靄がかかっているので、谷までは良く見えませんが、太陽がもう少し上がって、陽の光で温度が上がれば、靄も消えていくことでしょう。
僕が高尾山に登った理由、この夜明けに染まる紅葉の山を見たかったからです。夜の闇の黒い空が、青から水色に変わるまでのグラデーション、緑と赤と黄の森の中、白い靄のかかった山肌。
彼女のカラフルな服装に対しての僕の思うカラフル。
自分以外の考えに染まらなかった彼女と、いろんな色に染まっていくこの山。
彼女が退社した後、「染まること」ってどうなんだろう、っと考えることがありました。僕は大した仕事はしていなかったけど、会社の流れに合わせて、会社の方針に「染まって」仕事をしてきました。その方が会社の中で生き易かったからだと思います。波風たたせず、そこそこ頑張る。そのおかげで10年間会社にいることが出来ました。
でも、彼女は違いました。会社に合わせることなく、自分の信じた事を突きつめて仕事を進める。確かに成果は出たけれども、、、2年も会社に所属していなかった彼女。
どっちが良いか悪いか、そんな二元論では語れないことは十分に承知しているけど。今の彼女が幸せなのか、今の僕が幸せなのか。その物差しで測ることも正しくはないと思うけれども。高い山の上で現実と切り離された環境で考えたら、少しは整理できるかと思ったけれども。
徐々に上がってきた太陽を直視することはできないけれども、その太陽が周りに与える影響は甚大で、空を青く染め、靄を飛ばして、緑をはっきりさせて、紅葉した葉を鮮やかに照らし出し。
そこには、カラフルな日の出を見ながら感動している僕がいました。そんな僕が出した結論は、「ま、いっか」でした。
これくらいの方が、多分生き易いんだろうな、と思いました。
そう思ったあたりで、時刻は8時。そろそろケーブルカーも動き始める時間です。この山もいろんな人たちで賑やかになってくるでしょう。
太陽はもう十分高くなってきて、夜明けから朝に切り替わってきました。
僕は、登山してきた人の増えてきた山道を、流れに逆らって、降りていきました。
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