ザ・ラストラン

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「回送」  これが私に最後につけられた方向幕だ。いくら乗客を乗せてのラストランを終えた私といえ、大阪梅田駅にとどまることはできない。だからこれから正雀(しょうじゃく)車庫まで引き返す形で走行する。これが私の本当の意味でのラストラン。運転士と車掌だけの静かなラストラン。  先頭車の運転席にいた運転士が移動するとともに視点を変えた私は目を疑った。これまで経験したことのないカメラの数。狭いホームを埋め尽くすかのように集まるお客様。さっきまで車内にいた乗客たちも加わっているようで、ホームはどんどん熱気に包まれていく。駅員は「黄色い点字ブロックの内側にお下がりください!」としきりに叫んでいる。  みな、私の最後の姿を見に来てくれているのか。それなら、私は精いっぱい応えるだけだ。  聞き慣れた発車メロディが鳴った。運転士によるいつもより長い警笛とともに、私はゆっくりと走り出す。どこからともなく「ありがとう!」「お疲れ様!」という声が聞こえる。拍手が響く。動画を撮っている人の目は赤い。  これが、私の半世紀の締めくくり。これから私はどうなるかわからない。だが、きっと私のことを覚えている人がいる限り、記憶と記録に残り続けるのだろう。  夕暮れの中、私は再び十三大橋を渡り、正雀車庫へとたどり着く。  そこで掲げられたプレートは「休車」。ラストランという特別な一日はとうとう終わってしまった。だが、私は満足だった。なぜなら私が担う最も大きな任務である安全輸送、それがかなえられたのだから。  私は心地いい疲労感とともに、意外と短いのか永遠になってしまうのかわからない眠りについた。 <了>
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