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三、 出会い
「あのー、水島さん……いますかあ?」
引き戸を開けつつエリカは、小声で言った。
「おおー! エリカ、母ちゃんの弁当を持ってきたか!」
エリカの前に、大声でボサボサ髪の男が立ちはだかった。エリカの兄、坂東晴海だ。寒さなどお構いなしのオレンジ色のジャージ服だ。
「何だ、晴兄か。これ、ママから水島って人に……。お弁当」
エリカは、つっけんどんに包みを差し出した。
「おう、すまんな。ありがとよ。水島、食いもんが来たぞ。これで、元気をつけろや」
晴海は、窓際のベッドに半身を起こしている水島に包を見せた。
「妹のエリカさんだね。わざわざありがとう」
水島は、エリカを見てほほ笑んだ。
「あ、いえ、あの、ママに言われて、持って来ただけですから」
エリカは、下を向いて答えた。ほんのりと頬が赤くなっている。水島の肩先まで伸びている髪が気になって、ちらちらと目をやった。
「その、髪……いい。……ですね」
エリカは、漫画に登場する青年を思い浮かべて言った。
「おお、どうしたエリカ、お前らしくないセリフ。しかもちゃんとした言葉遣いで」
晴海は、弁当の包みをほどきながら、にやけてエリカと水島を見る。
「うるさい、がさつな晴兄といっしょにすんな」
エリカは、そう言ってふくれっ面。
「それだよ。その無愛想ないい方はやめろよな」
その頬を指でつついて、晴海は言った。
水島は、ベッドに座り直し、
「いいじゃない、元気で。こんにちは、板東エリカさん。僕は、水島涼介です。君のお兄さんの友だちであり……ライバルでもあるかな」
そう言ってエリカに、またほほ笑んだ。何て優しい言い方だろう。普段、教師からの高圧的な言い方や、晴海のがさつなもの言いにさらされているエリカには、高貴な人からの言葉に聞こえた。それに、若い男性から『坂東エリカさん』とフルネームで、しかも『さん』付けで呼ばれたのは初めてだ。エリカは、下を向いて耳まで赤くなった。他愛のない事だが、エリカにとっては、大人の女性扱いされたように感じた。
そんな事にはお構いなしに晴海は、
「お! トンカツ弁当じゃんかよ。いいねえ。たんぱく質がたくさん摂れるぜ。水島、じゃんじゃん食えよ」
と、包みから重箱を出しベッドテーブルに並べる。
「あ、ありがとう。こんなことまでしてもらって、本当に恩に着るよ」
「いいって、いいって。俺ん所は喫茶店やっててさ、昼は定食も出してるんだ。トンカツ弁当は定番メニューなんだぜ」
「へえ、じゃあプロの料理じゃないか。うれしいなあ」
「おう、じゃんじゃんやってくれ。おかわりがいるんなら、エリカに取りに行かすから」
晴海が、調子よく言ってエリカの肩をつかんだ。エリカは、その手を払い、
「ふざけんなよ。何で私? 晴兄が行けよ。それより、誰? この人」
水島を指さして言った。
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