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七、 エリカちゃんと涼兄 その①
「温かいうちに届けるからね!」
威勢よく飛び出したエリカだった……が。ダラダラ生活の中学3年生だ。坂道を走って昇り続ける体力は無かった。
「ゼエーー。ゼエーー」
息切れをして足を引きずりながらも、止まることなく療養所には到着した。
弁当のバッグをしっかりと抱きしめたまま、療養所の玄関でへたり込む。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
汗をだらだらかいて激しい呼吸をするエリカを見て、待合室の患者が集まって来た。
「これ、あんた。大丈夫かい! だれか、先生を呼んできな!」
一番年上らしい老婆が叫んだ。
すぐにタキマリ医師が、玄関口にやって来た。エリカの様子を一目見て状況がわかったのか、
「エリーかよ。走って来たのか! この上り坂を走って来るのは、エリーの体力じゃ無理だって。だれか、水を飲ませてやって」
そう言って、看護師の一人に指示をした。コップの水を持ってくる看護師。一気に水を飲み干すエリカ。ふうーと息を吐いた。
「落ち着いたら、3号室に行きな。ちゃんと弁当を持って来たんだな。偉いじゃないか。水島の兄ちゃんも喜ぶぞ」
タキマリ医師のその言葉を聞いて、振り乱した髪を、手櫛で整えるエリカだった。
3号室のドアを3回ノックした。
「はい。どうぞ」
涼介の声だ。エリカは、引き戸を開いた。
「こ、こんにちは。お弁当を持って来た」
涼介は、窓から外の景色を見ていたが振り向いて、
「ありがとうエリカさん。お疲れ様。君が走って来るのが見えたよ。ずいぶん頑張ったね」
と言ってほほ笑んだ。
「うん」
一言答えて、エリカは、重箱をベッドテーブルにならべた。
「うわ、今日はチキン南蛮だね。僕の大好物だよ。ありがとう。お母さんにもよろしくお伝えください!」
チキンを口にして涼介は、エリカの顔を見つめた。
「な、何? 何さ?」
エリカも涼介を見る。涼介の目が潤んでいる。
「温かい……。おかずもご飯も温かいよ。エリカさんは、温かいおかずを運ぶためにあんなに走ってたの?」
「うん。きょうのおかずは出来立てって、ママに言われたからね。温かいほうがいいでしょ。ホントはもっと温かかったけど、私の足ではそれが限界」
「いや、最高だよ。温かいし、美味しい…………」
「水島さん……。何で泣いてんの?」
「エリカさんの心遣いに感動しちゃって……。へとへとになるまで走って温かいうちにお弁当を運んでくれたんだね。何か嬉しくてさ」
「え、嬉しかったの。じゃあ次もがんばるね」
「ありがとう。エリカさんの持って来てくれるお弁当は、冷めても美味しいよ。無理をしないでね」
エリカは、頬が火照るのを感じた。思わず両手のひらを頬にあてる
「うん。わかった。あの、それと私のことは、『エリカさん』じゃなくて『エリカ』でいいよ」
「じゃあ、エリカちゃんて呼ぶよ。僕は水島さんじゃなくて……そうだな、晴海君の『晴兄』のように『涼兄』と呼んでほしいな」
「わかった。これからは、涼兄って呼ぶ」
「ありがとう。エリカちゃん」
「うん。涼兄」
涼兄の退院まで後6日。
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