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これはわたしのかつての友人の話である。
彼女の名前は、C子ーーいや、推し子(仮)としよう。
推し子は大学内でちょっとした有名人であった。ただし、距離を取られる方の意味で、である。
理由は簡単だ。推し子は、推しに染まって生きていた。
例えば、推しができるたびに彼女はその人のイメージカラーやパーソナルカラー一色にーー服や小物どころかーー文字通り頭のてっぺんから足の先まで染まるのである。
黒や茶色ならまだしも、全身あざやかなショッキングピンクだったり、この前など海外のアーティストにハマって、しかもゴールドばかり身につけているからという理由で勝手に推しカラーを金と決め上から下まできんきらきんになっていた。
それだけでなく、推しが激辛好きなら推し子も毎食激辛料理を食べていたし、ケーキが好きだといえば、三食ケーキを食べていた。要は変な方向に染まりやすいのである。
主食が激辛料理やお菓子に変わった時は心配もしたが、何よりヤバいと思ったのは、その当時の推しが自殺してしまったとき、推し子も自殺しようとしたことだ。運よく助かったけれど、わたしはたまたま第一発見者になってしまったせいで、ザックリ切られた手首と真っ赤に染まった浴槽は今なおフラッシュバックするほどのトラウマになった。
しかしこの件に関して、わたしが一番怖かったのは、推し子の迷いなき行動力よりも、速報でニュースが出る前に彼女が自死を実行したことだ。どうやって知った。
それでも交友関係を絶たなかったのは、ひとえに怖いもの見たさ以外にはない。
そして、今。わたしは焦っていた。トラウマ再びの危機であった。
何故なら、手に持っていたスマホが、新たなバッドニュースを伝えていたからだ。そう。推し子の現在の推しが何者かに殺害されたという情報を。ちなみに犯人はわかっていない。
咄嗟に推し子に連絡をした。
しかし繋がらない。
それがわたしの焦りに拍車をかけた。
また自殺するかも、の危惧よりも、犯人探し出して殺すんじゃないかという危惧である。やりかねない。それほどの苛烈さと思い切りの良さが彼女にはあった。
わたしはぜえぜえ生きを切らせ、運動不足の体に鞭打って推し子の家に急いだのだ。
すると運良く、外にゴミ捨てに来ていた推し子に会えた。彼女が住むマンションは、住人なら二十四時間ゴミステーションを使えるのである。
「推し……子」と、言いかけて、わたしは言葉に詰まった。推し子の髪が、服装が、ニュースで訃報が伝えられた今の推しの色ーーオフホワイトーーではなかったからだ。
今までに比べれば、わりあいまともで目に痛くない色である。もちろん髪の毛まで白かったけれど。
それがどうだろう。
髪の毛は本来の黒に戻し、上下は無難なグレーのスエットだ。
推し子はわたしに気づくと、どうしたの? と言わんばかりに首を傾げた。わたしの様子があまりにも慌てていたからだろう。
わたしは途切れ途切れに、ニュースで知った
訃報を伝えた。すると推し子はどうでもよさそうにこう言った。
「飽きた」
「はやっ」
確かに推し子は飽きっぽい。推しもころころ変わるのが常だが、それにしたって今回は最短ではなかろうか。
もっとも、最悪の事態を回避できたことは喜ばしい。わたしはそっと胸を撫で下ろした。
「あたしがいるのに浮気相手孕ましてアイドル辞めるとかないわ」
ボソッと、漏れた。それを聞かなければ。
「……え」
「ん?」
「ううん」
何でもないようにわたしは首を振った。「お茶でもしてく?」との誘いをバイトだからとお断りして、わたしはゆっくりとその場を離れた。
それ以上、聞けなかった。聞けるはずがなかった。
チラリと見えたゴミ袋。推し子が捨てたオフホワイトのニットは、全面赤黒く染まっていたのだ。
この出来事以降、わたしは推し子と会ってはいない。
だからまさかーー。
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