告白の向こう側

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 一時間もせぬうちに、どこへ出しても恥ずかしい酔っ払いが出来上がった。  止まらない愚痴のせいで余程のどが渇いたのだろう。  普段よりもさらにハイペースで彼は酒を体内に摂取していった。 「ほどほどにしろよ」  誘った僕のほうが心配になる飲みっぷりだったが、彼は僕の言うことなど聞く耳持たない。 「黙れ。この悲しみを埋めるには、酒に沈めるしかないのだ。わかるか?」  さっぱり分からないが、ここで正直に言うと話がややこしくなるので、僕は得意のアルカイックスマイルとともに頷いた。 「馬鹿にしてんのか!?」  収まるはずの場はさらに荒れた。  どうしろと? 「俺はな、本気だったんだ。春日井さんに本気で惚れていたのだ」  彼の目はもちろん真剣そのものだった。それは僕もよく知っている。  なぜならば、大沼と春日井さんに接点を与えたのは、ほかならぬ僕なのだ。そう、彼の言う春日井さんを僕は知っている。  理由は簡単だ。彼女は僕と同じゼミに所属している同期だからだ。  なんというか、可愛らしい外見をしているのは間違いない。  性格的にもあっけらかんとしていてとっつきやすいと言えるだろう。  思ったことは割とはっきり言う性質なので、苦手としている存在はしている。  ゼミではなかなかに優秀で、教授からの評価も悪くない。  才色兼備と器用貧乏の間に仁王立ちしているような女子である。  ちなみに大沼は別のゼミに所属している。  どこで知り合ったかと言えば、最初は一目惚れだったそうな。そこから情報収集を重ね、僕と同じゼミに所属していると知るや否や間を取り持てと僕の部屋に乗り込んできた。  めんどくさかったので、ゼミ終わりに声をかけ、大沼を紹介してやった。 「なんか、めんどくさそうな人やね」  春日井さんは西の人であった。  このセリフは後日聞いた感想ではない。  大沼たっての希望で、春日井さんと僕を含めた三人は学内にある喫茶スペースで最初の会話に興じた。  正直大沼が何を言ったのかは覚えていないが、結構なボリュームの自己紹介をしていたのは覚えている。そして、それに対するアンサーがこの一言だった。 「よく言われます」  後ろ頭をかきながら、どういうわけか笑顔で大沼はそう返事した。大沼は比較的わかりやすい男である。このとき彼が浮かべた笑顔は、決して愛想笑いではなかった。れっきとした喜びの笑顔だったのだ。  その返しが予想外だったのか、あるいは心からの笑顔にほだされたのか、春日井さんはそんな大沼を見てケタケタと笑った。そんな春日井さんを見て、大沼も笑い出した。  僕がその場から一刻も早く立ち去りたかったことは言うまでもない。  ともあれ、その日から僕はゼミが終わると、今日の春日井さんと称した報告を大沼にする義務を与えられた。紹介した責任と彼は言ったが、言うまでもなく気乗りはしていない。  せめて僕にも楽しみが欲しい。そう思って春日井さんに尋ねた。 「でたらめ報告していい?」 「あかんに決まってるでしょ。瀬尾君に自由なでたらめ言わせたら、私がとんでもない人にされるやないの」  春日井さんは呆れたような顔でバッサリとそう言った。  瀬尾君は僕の事である。 「そのほうが早めに愛想つかされるかもよ?」 「いーや。愛想つかされるような人格にされて、そのまま大学内で言いふらされたらどないすんのよ」 「学業に集中できる?」 「ええ加減にして。とにかく、大沼君? やったっけ? その人に私のこと伝えるんやったら、ちゃんと伝えてよね」  春日井さんは大沼の名前をまともに覚えていなかったのだ。  これはダメだ、と僕が感じた瞬間である。  とにかく、春日井さんからの勅命であったこともあり、僕は常に等身大の春日井さん情報を大沼にお届けした。結果として、彼はますます春日井さんに惚れ込んだのだ。
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