雪上花の散りゆく日に

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雪上花の散りゆく日に

「なにかしら、これ」 「不気味ですね。近づいてきているみたい」  妹と侍女の声に、布団から身体を起こした。開け放した障子から、雪に冷やされた空気が忍び込んでくる。 「あら、お姉さま。起きて平気なの?」  縁側に出ていた妹は振り返ると、あわてて羽織をかけてくる。わたしだってもう十六になるのに、まるで子ども扱いだ。音もなく黒猫がすり寄ってくるのを抱き上げながら、わたしは訊いた。 「なにが不気味なの?」 「ああ、ほらこれ見て。花が」  指さす先は、白い雪に覆われた庭。今も空から舞い落ちる雪のために、世界は白く染まっていた。――いや、ひとつだけべつの色がある。 「椿」  ぽとり、ぽとりと。庭のむこうにある椿の木からわたしの部屋に向けて、花がまっすぐ向かってきていた。  椿屋敷と呼ばれるこの家は、椿の生垣に囲われている。そのうえ、庭のなかにだってさまざまな椿が植えられていた。そんな木のひとつから、わたしの部屋にぽとぽとと花が落ちているのだ。 「きっと風で飛ばされたんでしょう」  そう言ってみたけれど、内心ではわたしも変だなと思った。  木と部屋のあいだには、小さな池がある。風で飛ばされたにしても、ふだんであれば池に落ちてこちらまで届かないのに。 「あなた、花を掃いておいて。お姉さまも、まだ寝ていたほうがいいわ。顔色悪いもの」  妹は侍女に命じてから、わたしを布団に押し戻した。そうして、不安そうに眉を寄せる。  椿は死人を愛す。  この里で、椿は恐れられていた。死んだ人、死にかけている人の近くでは、椿がとくべつ美しく花開くのだそうだ。  代々薬師をしているわたしの家では、死のおそろしさに屈しないためにと椿ばかりを庭に植え、家紋にも花をあしらっているけれど、妹だって内心ではおそろしいと思っているのだろう。  子どもが生まれたら、新しい椿を植える。わたしが生まれた日も、母が椿を植えた。それが池を挟んだむこうにある、あの椿だ。 「ねえ、その花、こちらにもってきて」  侍女に声をかけると、ぎょっとした顔が返ってきた。 「だめですよ、不気味ですもの」  侍女はぶんぶん首をふって、背を向けてしまう。 「……椿、わたしはきれいだと思うけど」  捨てられてしまう朱の花を想い、目を閉じる。まぶたの裏に、むかし見た光景が映し出された。  白い雪。  椿の花。  儚げにたたずむ少年の美しさ――……。
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