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その日は格別寒かった。
雪が降り続けて、世界は白く包まれている。
お姉さま、と妹が呼びかける声がどこか遠くで聞こえた。うっすらとまぶたをもちあげてもかすむ世界が見えるばかりで、ものの輪郭もあいまいなら、色だってなかった。
意識が眠りと目覚めを浅く行き来する。ずっと夢を見続けているようだった。もうじき、きっと眠ったまま起きることもなくなる。それでも、おそろしいとは思わなかった。約束があるから、わたしは、だいじょうぶ。
あっ――。
妹の叫ぶ声がした。
するりと障子が開く音。黒いものがもぞもぞと障子の下で動いているから、黒猫のしわざだろう。
ああ、こら、もう。寒いでしょう――……!
妹のあわてる声。
そのとき、強い風が吹き込んだ。
呆けたような妹のため息がする。
目を開くと、今度はしっかりとその色をとらえることができた。
白くかすんだ世界を染め上げる、椿の朱。
その色だけは、はっきりと鮮やかに、わたしの目に映る。
花の形をたもったものも、花びらに散ったものも、すべてが入り混じって、わたしの部屋に流れ込んできた。ふわふわと舞う花が部屋にふりつもっていく。
世界を染めるのは、その花の色だけ。
それだけでいい。
――ずっと、おそばにいますよ。
そんな声が聞こえた気がして、わたしは微笑んだ。もう、ひとりじゃない。約束も願いも叶う。
その日、ひとりの命が消え、ひとつの木が枯れた。
(了)
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