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明くる日、喜びと興奮で全然眠れなかった私は、お世話になっている柴田助教授のもとを尋ねた。
柴田助教授は、私が学部生だった頃からお世話になっていた方で、今回の研究には分野が違えど、間接的に協力してもらっていた。
細身の高身長で、白衣とメガネが似合う大人な男性。知的でクールで、無口で冷たい印象を受けるかもしれないが、本当はとてもいい人なの。研究を手伝ってくれたり、相談に乗ってくれたりと、実は私には陰でよくしてくれていた。
密かに私は、年甲斐もなく、助教授に恋をしていたのかもしれない。
憧れと尊敬の入り交じったような、高校生がするような、ほのかな恋心のようなものを感じていた。
でも、彼が私のことをどう認識しているのか?
そう疑問に思ったとき、日頃の接し方や素振りでは全く分からなかった。
だから私は、このサイコクロマトグラフィーを使って、彼の私に対する心情を読み取ろうと思いついた。
これは、そのための研究だったのだ。
今回の研究成果の報告と、私の長年秘めていた思いと疑問を晴らすために……
私は朝一番に柴田助教授の控室へと向かう。
助教授、控室の扉の前。
面接試験以上の緊張感。
震える手でノックをすると……
「どうぞ」
と、低い声で返事が帰ってくる。
柴田助教授の声だ。
「し、失礼します」
私は勇気を出して……入室すると、
白衣を着た助教授は、机に向かって書類に目を通しているところだった。
ドキドキする。
初めて告白する時のような、胸の高鳴り。
「あ、あの? 柴田助教授? お忙しいところ申し訳ありませんが、研究成果である、この用紙に……これに触れてもらえますか?」
私はゴム手袋をした手で、ファイルから試験紙を取り出し、助教授に向けて差し出す。
「これに……か?」
「は、はい」
少し訝しみながら、私が手にした紙を眺めていたが、すぐに紙の端を右手で掴んでくれた。
やった! いよいよだわ!
一体、どんな色に染めてくれるんだろう?
情熱の赤? それとも友情の黄色?
すると、みるみるうちに……とある色に染まっていく。
その色は……
……えっ?
真っ黒?
墨汁を垂らしたような漆黒。全てを無に帰す黒。
そこから枝分かれし紫、濃紺、深緑……
……と、拡がっていく……
なんて暗くて……地の底を這うような……
そこにはマイナスの、負のイメージしか見られなかった。
柴田助教授って……
私のことを……
こんな風にとらえていたの?
「君、これになんの意味があるんだ?」
冷めきった助教授の声で我に返る。
メガネ越しにナイフのような鋭い眼差しが、私を真っすぐ突き刺していた。
「あの、その、こ、これは、この用紙を触ることで、その人の発汗作用を確認できるもの……で、して……」
「……また、そんな下らないことに研究費をつかって」
「す、すみませんでした! し、失礼します!」
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