鬼塚守

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「掃除の邪魔をしましたか」 「……いえ」  僅かに首を振り答える鈴のような声。リンとなるような音が心地良く、いつまでも聴いていたいとすら思ってしまう。  成程、これは――私は苦笑した。自身、女に弱い人間だとは思っていないが、一目惚れというのはあるらしい。前の少女の美しさは誰もが認めるだろうが、一つ一つのことにこれだけ心動かされるのは間違いなく惹かれているのだろう。 「――屋敷に御用ですか?」  暫くして――こちらがじっと見つめていたにも関わらず自然と問いかけてくる少女に私はどきりとし、同時にもう一度苦笑して「そうです」と答える。 「納富殿――納富五郎太夫殿は居られますか」 「居ります」  私の問いに少女は悲しそうに一瞬視線を落とし答え、続けて、 「何の御用でしょうか」  そう尋ねてきた。  もしや、この少女は五郎太夫の娘ではないだろうか。それならば、品のある所作も頷ける――そう心の隅で思いながら、 (もし、そうであるならば)  少しの迷いがありつつも、ここで嘘をつくわけにもいかず私は口を開く。 「一手、訓えを頂きたく」 「…………」  私の言葉に少女は黙ってしまった。  入門を望むならこういう物言いはしない。「一手、訓えを」というのは試合を望むもの――そこには二つの意味がある。  一つは修行の技競い。もう一つは、名を上げるため。つまりは道場破り。 「なににも成らぬことです」 「……今、なんと?」  あまりに静かな少女の声とその言葉に、私は一瞬遅れて聞き返した。 「そのようなことは、なににも成りません」  少女は私を真っ直ぐ見つめ、繰り返した。 「それは、どういう意味ですか」 「そのままの意味です。貴方様が何を望まれているかは分かりませんが、試合をしたとてなににも成らぬでしょう」 「剣を志すのに、意味がないといいますか」  本来なら無礼と怒鳴っても良かったのだろう。だが、少女の――それは少女のどういう内だったのか、静かで儚げな表情に私は怒りを覚えることもできず、だからといって、少女の言葉を受け入れることもできず反論した。
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