花を弔う

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 全の木の話。  昔々、とても技術の進んだ国があった。天空へと至る高い塔が立ち並び、人は空を飛ぶ乗り物に乗って生活していた。けれども厄災が起こり、その国の生活基盤、つまりインフラが破壊され、疫病が流行って技術者のほとんど全てが死に絶えた。疾病はようやく収まったものの、人々は技術を保持できず、その生活が中世まで戻ろうとした時、ただ一人生き残った植物学者は一つの種を植えた。  全の木と名付けられた希望の種だ。  遺伝子改良によって様々な耐性を植え付けられた種はすくすくと育ち、大量の実をつけた。植物学者は語った。 「これは無謬の種子だ。もともとは人間の新しい友として開発したものだ。所有者の情報を登録すれば、種子は登録者のために寄り添い、育ち、実をつけて食糧となり、その繊維で衣服を作り、その枝は雨露を弾いて寝所にも困らぬようになるだろう」  人々は喝采をあげた。まさにそのどれもが足りていなかったのだ。  しかし植物学者は首を振る。 「けれども不完全だ」  空気は不安に揺れ、其処此処からそれはどういうことだと声が上がる。 「未だ実験段階で、育った木がその後どのようになるのかはわからない。これまでの実験では、木は登録者に似ることがわかっただけだ」  人びとにその意味はわからなかった。けれども生き延びるためにはその木に依るしかなかった。  植物学者は人々の賛同の元、この国の王を登録者として一本の木を植えた。全の木と呼ばれる全ての祖たる木だ。それはあっという間に大きく育ち、様々な色の花を咲かせ、そしてたくさんの実をつけた。  国王はその実を国民一人一人に配った。そして国民は一人一つの実にその血、つまりDNA情報を登録し、それぞれ好きな場所に埋めた。移動したいときは、その木の実を新しくもいで埋めれば、その場所で新しい木が育つ。
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