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「あなたは運転をしてはなりません」
秋らしく紅葉狩りをしようと、つれあいの矢潮さんと日帰り旅行の最中、彼から突如としてそう言い渡された。
場所は昼食に立ち寄った食事処の駐車場。山菜おこわと天麩羅が美味しかったわね、とご機嫌で車の運転席のドアを開けようとしたところでの出来事である。
午前中はずっと助手席に座っていた人に、ドアノブに触れようとする手を横から取られ、神妙な顔で言われたら、誰だって次に思い浮かぶ科白はこうじゃないかしら。
「どうして?」
運転免許を取得したのは高校三年の春休み。親に免許取得を強く勧められ、暇だし良いかと頷いた。
親が免許取得のメリットを色々掲げてみせたが、最たる理由は腰痛持ちの父に代わる運転手欲しさだ。事実、父が腰痛をやらかす度に、私は運転手として駆り出された。
近場では自宅最寄りのスーパーマーケット、遠くになると祖父母の家まで一時間半のドライブで、家族旅行の際はレンタカーで見知らぬ土地をさ迷ったこともある。
少しでも乱暴な運転をしようものなら腰痛持ちの父からは非難の嵐、少し車を飛ばすと怖がり屋の祖母は両手で顔を覆い、祖父は車酔いで青菜に塩状態となったお陰で、安全で快適な自動車ライフを徹底的に叩き込まれた。
「そんなわけで、自分の運転は万全とは言えないにしろ、常に安全運転を心掛けている善良な運転手であると自負していますが、それでも何か、ご不満がありましたか」
次の目的地である展望台に向かう車内、助手席から矢潮さんに笑顔で問い質す。
肩にシートベルトを食い込ませて身を乗り出すも、運転中の彼は眼鏡の分厚いレンズ越しに進行方向を注視したままだ。チラともこちらを見ない。……が、赤信号で停車したと同時に、その赤銅色の瞳が私を一瞥し、そして僅かに目を泳がせたかと思えば、ふいと視線を逸らした。
(あ! 矢潮さんにやましいことがある時の癖だ)
――何を隠しているのかしら?
訊ねようと口を開こうとしたら、青信号で再び車が動き出す。
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