10人が本棚に入れています
本棚に追加
01
石で造られた部屋に少女がいた。
まだあどけなさを残しつつも、少女とは思えぬ鋭い眼光で、鉄格子のついた窓から空を見ている。
薄暗い部屋に入る光は、窓からだけだった。
昼間だというの室内が見づらいのはそのせいだ。
「お迎えが来たようだね」
ギィと軋む音と共に扉が開かれた。
そこには、少女とさほど変わらぬ若い娘――男装をした女性の姿が見える。
若い娘は、少女に向かって頭を下げると、ゆっくりとした動作で部屋の中へと足を踏み入れた。
少女に近づき、その顔を見ると、彼女は両目を見開いて両手を口へと当てた。
「こんな少女が……」
「子供扱いはやめてよね。幼く見られるけど、こう見えても十八歳なんだ、あたし」
少女がムッと唇を尖らせると、若い娘はハッと我に返った。
それから部屋に入ってきたときと同じように、丁寧に頭を下げる。
おどおどとした態度と表情のせいか、まるで全身で謝罪しているように見えた。
「失礼しました、ミス·ベルフレア·リッパー。私はルル·ラインハートと申します」
若い娘――ルル·ラインハートは、乱れた服の襟を正すと、胸に手を当てて名乗った。
彼女の名を聞いた少女――ベルフレア·リッパーは、先ほどの不機嫌な様子はどこへやら、表情を緩めていた。
その鋭い視線はそのまま、ルルに興味を向けている顔だ。
ベルフレアがルルへと歩を進める。
狭い室内で、彼女の足音だけが響いていた。
向かい合う二人。
ベルフレアが小柄のため、男性とそう変わらない背丈のルルの前に立つと、まるで親子のようだ。
「あんたがあのラインハート家のお嬢さんか。家業を継いだと聞いてたけど、まさか本当だったとはね」
ルルの家――ラインハート家は、代々死刑執行人の家系だった。
まだ若い彼女だが、家を潰すわけにはいかず、父の跡を継いで処刑人となった。
父の後を追うように病気で亡くなった母の願いもあり、ルルは望まぬながらも、毎日罪人の処刑を行っている。
当然、若い娘が死刑執行人になれば、誰もが面白がって話を広める。
ベルフレアはそんな噂話から、ルルのことを知っていた。
自分とそう変わらぬ年齢の女が処刑人になったことに、彼女は興味があったのだろう。
だが、それはルルも同じだ。
彼女が死刑執行人ならば、ベルフレアは連続殺人犯だった。
ルルの立場からすれば、なぜこんな少女が、夜な夜な人殺しを繰り返すのか。
聞けば貴族を狙った犯行だというが、けして金品などを奪うわけでもないらしい。
盗むのではないなら、どうしてわざわざ身分の高い者を殺したのか。
誰でもいいのならば、侵入しにくい見張りのいる貴族の屋敷を狙う必要はない。
一体どうして……。
事情がわからぬルルは、ベルフレアと顔を合わせる前から理解に苦しんでいた。
「申し訳ないですが、この服にお着替えください」
ルルは、今は自分の仕事に集中せねばと思うと、持っていた服をベルフレアへと渡した。
布も薄くずいぶんと着古したものだ。
ベルフレアは、目の前にルルがいることなど気にせずに、勢いよく服を脱いで着替えていく。
まだ胸のふくらみも目立たない中性的な身体。
目つきこそきついが、ルルはベルフレアの裸を見て、彼女のことを天使のようだと思っていた。
それは身体だけではなく、そのときのベルフレアの表情もあった。
彼女はこれから処刑されるというのに、一切怯えていなかったのだ。
それどころか笑みさえも浮かべる余裕がある。
そんな死刑囚は初めてだ。
ルルはベルフレアの態度に違和感を覚えながらも、彼女の手を縛って外へと出た。
外には馬車が用意されていた。
幌のない荷車から周囲を見渡せるものだ。
それは当然、周りからも乗っている者の顔が見えるということでもある。
「おい、あれが噂のベルフレア·リッパーか!」
「あっちの大きいほうはルル·ラインハートだろ?」
「なんて綺麗な顔をしているの。二人とも天使みたいね」
ベルフレアとルルが乗った馬車が街の中を進んでいくと、集まっている民衆の姿が見えた。
民衆は男女関係なく、ベルフレアの姿を見ようと馬車へと群がってくる。
御者が顔をしかめていると、馬車の護衛をしている衛兵が民衆を退かしていく。
「申し訳ないです。皆、若くて美しい死刑囚が物珍しいのでしょう」
騒がしい民衆に代わって、ルルがベルフレアに謝罪した。
ベルフレアは笑みを浮かべると、周囲へ目をやりながら返事をする。
「美しいだなんて、言ってくれるね、ルル。でもまあ、あたしは気にしてないよ。なんていったって、今日は特別な一日だもんね」
彼女が言った特別な一日とは、民衆が集まっている理由だ。
それはベルフレアやルルが住むこの国――メトロ王国の建国記念日だった。
街に出ている出店や屋台、さらにはメトロ王国の旗などが掲げられている様子から、多くの民衆が盛り上がっているのが伺える。
活気のある街の光景を見て、満足そうにしているベルフレア。
ルルは、そんな彼女に向かって訊ねる。
「死刑囚は大衆の前にさらされると、泣き叫んだり激しく狼狽したり、死んだように虚ろな目をするものですが……。あなたはどうしてそんな毅然としていられるのですか?」
最初のコメントを投稿しよう!