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ここは街外れにある喫茶店。
僕、香山樹(かやま いつき)はこの店の店主。店主と言っても、半年前に父から受け継いだ形になる。
母は僕が小学4年生の頃に事故で亡くなった。当日、父は別の仕事をしていたけど「2人では大変だろうからうちに来ないか?」と、父方の祖父母が言ってくれた。父と僕はその言葉に甘えて祖父母の所に引っ越した。その場所がここ。
この喫茶店は2階は住居になっており4人でそこで暮らすようになった。
祖父母は優しく僕を可愛がってくれた。
祖父母が亡くなり父が店を受け継いだがその父も半年前に亡くなった。
癌で余命宣告もされていた。
それでなのだろう。
父は突然「お前ももう、25になる。この店をやるもやらないも、お前の好きにしていい」と言って僕に決定権をくれた。
僕は一言。
「やるよ。この店好きだし」
父は一言「そうか」とだけ言っていたが表情は少し笑っていたように見えた。
それから父は僕に店のあれこれを全て教えてくれた。最期まで店の事を考えて真面目な父らしいと思った。
4月14日。14時14分。
お客様も居ないので、洗い物を片付けようかとした時だった。
入り口の鈴がチリンっと鳴った。
「あの~こちらに本の忘れ物ってありませんか?水色の布カバーで四つ葉がついてるんですが‥‥」と、若い女性が店に来た。
僕は「少々お待ち下さい」と声をかけ《忘れ物BOX》の箱から女性が言う本を持ってきた。
「こちらでお間違いないでしょうか?」
「はい!これです。ありがとうございます」
「いえ。お手数ですがこちらにお名前と電話番号をお願い出来ますか?」
「はい」
女性は快くサインをしてくれた。
僕はその名前を見て心の中で「あ!」
と思った。
見覚えがあったからだ。
同姓同名かもとは思ったけど、でも珍しい名前だし。僕は思いきって聞いてみた。
「失礼ですが、僕は香山樹と言いますが小学校の頃に一緒だった四条四葉さんでしょうか?」
「え、あ、はい。四条四葉です」
女性は何だかホッとしたような困ったような顔をしてから続けた。
「香山君、久しぶりだね。元気だった?」
「うん。四条さんは?」
「私も元気。職場がこの近くなの」
「そうなんだ。最近、来てくれてるのは知ってたんだけど四条さんだとは、気付かなくてごめんね」
「いいの、いいの!」
「良ければまた懲りずにご利用下さい」
「もちろん。また来るね」
四条さんは手を振って店を出て行った。
あ、そう言えばアレをまだ持っててくれたんだ。でも、僕がって事は覚えていないかな?
4月24日。14時34分。
店の鈴がチリンっと鳴った。
「いらっしゃいませ。あ、こんにちは、四条さん。雨なのに来てくれてありがとう」
「こんにちは、香山君。珈琲お願いします」
「かしこまりました。お好きな席へどうぞ」
「はい」
四条さんはカウンターから見るといちばん奥にある窓側の席に座った。
僕はふとこの時、半年くらい前の事が頭をよぎった。
父が亡くなってすぐだった。
確か、あの時も奥に女性が1人だけでこんな雨の日だった。その女性は泣いていた。ただ静かに泣いていた。あまり、気にしないようにした方が良いのかと思ったけど僕は女性の前にそっと温かい珈琲を差し出した。
女性は「あ、あの‥‥」
「こちらは当店からのサービスです。よろしければどうぞ」
「え、あ、ありがとうございます。すみません」
女性はそう言ってゆっくりと珈琲を飲んだ。
「美味しい‥‥」
「ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
それからしばらくして女性は僕にお礼を言い店を出て行った。
そんな事を思い出した。
そうだ!あの時もあの四つ葉のブックカバーが横に置いてあった。
じゃぁ、あの女性は‥‥
僕は四条さんが注文した珈琲を手に四条さんのテーブルに向かった。
「珈琲です。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう」
僕は会釈をしてテーブルから離れようとしたけど、足を止めて四条さんに聞いてみた。
「あの、さ。半年前くらいにもここに来てくれた事あったりする?」
「え!?どうして?」
「違ったらごめん。なんか今さ、ふと思い出したんだよね。今日みたいな雨の日で‥‥」と、話だしたら四条さんは顔を真っ赤にして「恥ずかしい」と、一言つぶやいた。
「やっぱり、四条さんだったんだ。半年前から来てくれてたんだね」
「うん。恥ずかしいな~」
「体調悪かったの?だったら、珈琲をすすめて悪い事したかなって思って」
「ちがうの‥‥あの時はただ仕事やプライベートでゴタゴタしてて、何か私どん底だ~って思ったら泣けてきちゃって。
香山君から声をかけられるまで喫茶店に居た事も忘れて泣いて、ごめんね」
「そうだったんだ。もう大丈夫そう?」
「うん!もうスッキリ!!
私、あの時まで珈琲が得意じゃなかったの。でも、香山君の珈琲を飲んだら美味しくて‥‥恥ずかしかったけど珈琲飲みたくて。次に来た時に香山君だって気付いて余計恥ずかしかったけど、香山君は覚えてなさそうだったからホッとしたようなガッカリしたような‥‥?ふふっ」
「ご、ごめん!僕、あの頃は父からこの店を任されたばかりで‥‥って。いや、言い訳だね」
「お父さんから?」
「うん。半年前に病気で亡くなって。
ここは祖父母が経営してた店で、母が亡くなってからここでお世話になってたんだ。祖父母が亡くなって父が継いだんだ」
「じゃぁ、これからは香山君が?」
「そのつもり。でも、それとこれとは別だね。気付かなくてごめん」
「‥‥香山君はやっぱり優しいね。ねぇ、覚えてる?小学4年の頃かな?
私が公園のブランコで1人で泣いていた時に香山君が来て声をかけてくれたんだ」
「うん、覚えてるよ。四条さん、自分の名前が嫌だとかで‥‥」
「そう。あの頃、両親が離婚して母の性の"四条"になってね。四条四葉。
名前に"四"が2つもあって。
生まれも4月だし‥‥
子供の頃は"し"とかって死んじゃうとかあまり良い印象が無くて男子からも変なの~ってからかわれたりして。それを全部、香山君に話したら香山君が言ってくれたんだよ」
そこまで話すと四条さんは珈琲をゆっくり飲みまた話を続けた。
「『"し"って死んじゃう時だけ使うわけじゃないよ。四条さんの"し"は"しあわせ"の"し"だと思うよ』って、このブックカバーをくれたの」
「四条さん、僕があげた事を覚えててくれたんだ」
「もちろんだよ。これは私の幸せの宝物だよ。あの後すぐ香山君が引っ越したからお礼も言えなくて‥‥
宝物なのに忘れていくなんて駄目だね」
「そんなのいいのに。でもそこまで喜んでくれてたなんて、嬉しいような恥ずかしいような‥‥?」
今度は僕が顔を真っ赤にした。
それを見て四条さんは、ふふっと笑った時にチリンっと入り口の鈴が鳴った。
僕は「いらっしゃいませ」と、お客様に挨拶をしてから四条さんに「ごゆっくり」と、言葉をかけてテーブルを離れた。
すると「香山君」と、四条さんの柔らかな声がしたので僕が振り向くと四条さんは言った。
「私、今すごく幸せだよ。ありがとう」
と、優しく微笑んだ。
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