面白くない

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学校は、控えめに言って楽しくなかった。 入学してから3カ月で、名前ペンは5回「なくした」。 机の上に置いていた教科書はなぜか授業前に紛失し、授業終わりには桜久のロッカーに無造作に突っ込まれていた。 授業前に、教科書を忘れたはずがないと探す桜久を遠くから嘲笑する数人に気付いて、寒気がした。 いつからか、名前ペンは買わなくなった。買ってもすぐになくなるからだ。 教科書は取られてもいいようにノートに全て書き写した。教師に指名されたときには、教科書を持っていないことがバレないようにノートを机の上に置いたまま読み上げた。彼女たちの忌々しそうな顔は見物だったが。 忌々しそうな顔をしたことで犯人が分かった。 クラスで最も派手な女子グループだ。 教科書や資料集は重いためロッカーに置いて帰ってもいいルールになっていたが、盗まれるのが怖くて毎日家に持って帰った。 持ち運ぶ鞄の重量は5キロを超える。   こうなった原因は、今もはっきり思い出せる。 葉桜になった頃、クラスを牛耳るグループの女子にノートを貸してとせがまれて断ったことだった。 「昨日宿題する時間なくてさあ。ちょっと見せて!お願い」 頼んできたのはグループのリーダーのような女の子。後ろにはその取り巻きが控えていた。 「私たちも忘れちゃった。小野寺さん、私たちもついでにいいよね?」 イエスしか答えを許さない態度で圧をかけてくる。ここで一度承諾すれば、クラス替えまで搾取され続けることは免れない。 根暗はその辺の勘だけは鋭い。 普段一緒に行動している桜久の数人の友人は、当然ノートを渡すものだろうと可哀そうに、という目をして静観している。 やめなよ、と制するタイプはいないし制してもらえるほど仲良くない。まだ知り合って1か月も経っていないのだから当然だ。 「あ……ごめんね、それはちょっと」 リーダーの目がぐっと吊り上がった。 「どうして?うちと小野寺さん友だちじゃーん!」 初めて話しただろうよ、とはもちろん言えないので口をつぐむ。 取り巻きも口々に、 「そうだよ」 「友だちなんだから貸すのは当たり前だよ」 と責め立てる。 もう後には引けなかった。 「うん、ごめんね」 一方的に話を終わらせて席を立つとリーダーの鋭い声が背中に刺さった。 「何あいつ。ブスのくせにつまんな。せっかく声かけてあげたのに」 その日からのいじめは、過度なエスカレートも収まることもなく続いている。持ち物がなくなり、無視をされ、毎日ブスと言われる。制服を破られたり、水をかけられたりはしなかった。 少ないけれどいた友人は全員、静かに桜久の元から去って行った。悲しかったけれど、まあそうだよなと諦めの方が強かった。誰だって好き好んでターゲットになりたくない。 それからの毎日は灰色だった。学校でも家でも、何も感じないように感情を切った。 辛いと思ってしまったら二度と学校に行けないのは明白だ。 桜久は学校に行く目的をひとつ定めた。 高校に進学すること。 運動は苦手だ。長年習っているピアノも、プロを目指せるような腕前ではない。 勉強なら多少は出来る。テストもスコアを競うゲームのようで悪くない。 高校ではあいつらと離れたい。そのためには成績が下がることだけは避けないと。 ぼうっとすると辛いことを思い出す。ブスと言われるみじめさ。今日こそノートが捨てられたのではないかという不安。 そんなものを振り切るように、桜久は勉強にすがった。親に頼んで通信教育も契約した。 塾は同じ学校の人がいると思うと怖くて行けなかったからだ。 桜久の様子がおかしいことには両親も気づいていて、母は 「無理に行かなくてもいいんだからね」 と桜久の手を取った。 「大丈夫だよ、ありがとう」 と答えても、母は心配そうな顔のままだった。 「留学でも高卒認定でも引っ越しでも、環境を変えるとしたらなんでもあるから。今が全てじゃないからね」 「うん」 母は真剣に話した。娘の命を繋ぎ止めるのに必死だったのかもしれない。 実際に桜久の生死は紙一重だった。 何かの天秤が少しでも傾けば、と思うと今でも怖くなる。 母の言葉にすっと胸のつかえがとれて、ダメになっても大丈夫だと安心して、桜久は学校に通い続けた。  
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