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フウ君が立ち尽くし動けないのを見て取って、カイン君が急ぎ、診療所の先生を呼んできます。
「自分のことがわかるかい?」
「なまえ……コウ・ハセザワ。かいだんからおちて、けがして……おとうとが、いる」
「そう……弟さんの名前は?」
「おとうとのなまえ……フウ・ハセザワ」
「じゃあ、この子は誰かな?」
先生も異常を感じて、フウ君を自分の前へ呼び、両肩を押さえて彼の目線の先へ立たせます。
「……だれ……?」
先生がフウ君の体を押さえていたのは、ショックを受けて脱力するのを防ごうとする意図もあったのでしょう。フウ君は力が抜けて、先生の体に寄りかかりました。
「この子は君の弟の、フウ君だよ」
「フウ……そっか」
このこがそうなんだ、と、今度は口に出さず頭の中だけで考えました。
「おれはここでやらなきゃならないことがあるから、おれの体はしばらくソウが使ってていいよ」
「……そういうのって、していいものなの?」
いくら幼いそーちゃんでも、無意識に良心が咎めたのでしょう。
「おれは、おれにしか出来ないことをする。そのためにここにいないといけないんだ。その間誰もあの体を使わないでほったらかしにするんなら、必要な人が使った方がいいじゃないか。ソウだってもう一度、外で生きてみたいだろ」
「う~ん……」
想像してみました。外の世界に行ったところで、あの頃会いたかった人達……私やコウや、家族はそこにいません。……それでも。
「そと……でてみたい」
結論はやっぱり、そういうことでした。たった四年しか外で生きられなかったそーちゃんが、もう一度生きてみたいと思う心まで、誰にも咎められません。コウ君自身がそうしていいというならなおさら。
「じゃあ決まり。守って欲しいのはひとつだけ。フウの兄ちゃんは続けて欲しい……」
と、言いかけたところで。推定四歳前後のそーちゃんに、八歳のフウ君のお兄さんになってもらうのは無理があるのでは? とコウ君は考えました。
「あえたことないけど、ソウもおとうといるみたいだから。おとうとってこんなかんじかなっておもいながらやってみる」
「それでなんとか……試してみるか」
まぁ、なんとかならなかったら諦めればいいか。ユウにいとの約束だからフウにはコウ・ハセザワという兄が必要だと思うだけで、フウにとってのおれはそこまで重要じゃなさそうだし。
そんな風にコウ君は自己完結してしまいました。今現在、コウ君を失ったフウ君が。戻ってきたと思った兄の中身が「コウ君ではないらしい誰か」になっていることにどれほど傷つき、混乱しているか。その様子を一目見てくれさえすれば、自分の認識が間違っているとわかるはずなのに。
そして、体を失ってしまった第三者に「コウ・ハセザワとしてその体で生きて欲しい」と頼むこと自体が……一見親切なようで実はとても残酷なお願いをしているのだということに、幼いふたりはまだ気が付かないのでした。
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