【七章】天空竜の門出

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「ありがとう、イリサ。でも、迷っていたというのはわたくしがそれを苦にして、ということではありませんから……わたくしたちの成すその世界の存在が、はたして正しいのかどうか……それを迷って、ずっとずっと考えていましたの」  グラスブルーに辿り着いてから今日まで、ずっと。時間だけは棄てるほどありましたものね、なんておどけながら悔恨します。最終的にこのような決断をするなら長々と迷った歳月は無駄だったのではないかと悔やんでいるのです。なんだかちょっとかわいそうです。 「わたくしにもね……生前、愛した人がおりましたの。この影の世界でならもしかしたら、もう一度その方の姿をお見かけ出来るかもしれない。けれどこの世界が成立してしまえば、それが続く限りその方を……いいえ。この世に在るあらゆる人々を、ここに縛り付けることになるかもしれませんわ」  エルはもう一度、その方にお会いしたかった。けれど、お別れしてすでに数百年経過して、気持ちの折り合いが出来ていたのも事実です。懐かしいその姿を拝見して、その人をこの世界に縛り付けたいという気持ちが芽生えてしまったら。それはもはや愛情とはいえず、その方にとって害になってしまうのではないか。だから迷っていたのですね、ずっと、ずっと……。 「でしたらどうして、こちらへ来ることにしたのですか?」 「クエスはこの影の世界に悠久を望んでいるのでしょうけど、おそらくそうはなりませんわ。いつかはきっと、終わってしまう。それが数百年後なのか、それよりも先なのか知りませんけれど。……いつか終わってしまうのなら、その時間だけでも。わたくしもわがままを通しても良いのではないかしら。限られた時間、誰の迷惑も顧みずわたくし自身の幸いを求めても、許されるのではないのかしらと……そう、願ってしまいましたの」 「エル……そんなに自分を責めないでください。あなたはじゅうぶん考えて、我慢もしてきたじゃないですか。数百年もの時を、純粋な願いを『わがままかもしれない』なんて考えて」  私だって、もう一度愛する人々にかつてのままの姿でお会いできるかもしれないなんて知ったら。他の誰かの迷惑なんて振り返っている余裕があるかわかりません。  最後にもう一度だけ、エルは「ありがとう」と伝えてくれました。それきり声は聞こえなくなり……。
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