影の世界

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影の世界

 そのお部屋には寝台がふたつ並んでいましたが、窓側に置かれたそれは誰も使っていません。ドア側に置かれた寝台で目覚めたフウ君は、朝の身支度をして一階へ下ります。  お隣りのベッドの空白に若干の違和感を覚えて、ちらりと目をやりますが、すぐに気付かなかった振りに努めます。 「おはよう、フウ。ゆうべは良く眠れた?」  温かな朝食を用意してくれたお母さんに生返事をしてから朝の挨拶を返し、食卓に着きます。平皿で湯気をたてるコーンスープを味わいます。 「フウ、父さん今日からまた出稼ぎだから。留守中母さんのことを頼んだぞ、いつも通りによろしくぅ!」  一足先に食事を終えていたらしいお父さんが、どたばたと出かけていきます。お母さんは体が弱いから、体調に気遣ってあげて欲しい。いつものことですので、わかってるよ、いってらっしゃい、とだけ答えます。  フウ君だってもう立派な大人ですから、食事を済ませてお勤めに出かけます。  生まれ育った村の、見知った風景……そのはずなのに、毎日毎日、酷く違和感を覚えてなりません。  アルディア村を行き交う人々の中に、自分の知り合いがいない気がするのです。お年寄りの比率も多すぎて、逆に子供は少なすぎるような。自分の同年代の若者はそれ以上に少ないです。フウ君には友達がたくさんいたはずなのに……覚えのある彼らの姿に出会えません。漠然とした不安に、胸のもやもやは日増しになっていくばかり。  自身の内面をごまかしながらも、それからさらに何日も、フウ君は日常を過ごしました。ある日、ふと気になって、二階の窓から村の通りを覗き見ます。  赤い髪の青年がこちらを見上げていて、一瞬だけ目が合いました。青年は驚いたような顔で気まずそうにそそくさと目を逸らし、足早に去っていきます。なんだったんだ、一体。不審者かな。ほんの少しの苛立ちを覚えながらも、目に焼き付いたのは彼の赤い色の髪でした。  何故だか唐突に自分の髪の色が気になって、洗面所に向かいます。 「……は?」  洗面所の鏡に、自分の姿が映りません。そも、昨日まで普通にここで顔を洗い歯を洗いしてきたというのに、なぜ今日まで気が付かなかったのでしょう。
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