「コウ君」の故郷

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 お腹いっぱいになって、コウ君は誰もいない自宅へ帰りました。  私はここで暮らすコウ君達を何年も覗き見てきましたが、その場所に私自身がこうして入れてもらえて、なんだか不思議な感覚です。 「十年誰もいなかったから、だいぶ傷んできてるな……」  今日はとりあえず休むとして、明日からめいっぱいお掃除して、村の人に譲れそうな家具があればお譲りして。コウ君は忙しくなりそうです。 「お手伝いできなくてごめんなさい」 「いいよ。大したことじゃないし」  元々、男の人しかいないお家で物が少なく、お片づけはあっという間に終わってしまいました。  食卓や寝台などの大型の家具は家ごと買い取りたい人もいるのではと役場の方がおっしゃるので、そのまま置いておくことになりました。  コウ君の手元に残った私物は、たったひとつだけでした。  全て終わってネイルさんのところを訪ねますが、お片付けの疲れでカウンター席でぐったりしてしまうコウ君です。 「ああ、それ。コウが昔からよく書いてた」 「うん。日記帳……」  コウ君は大人になってからも習慣として、毎日ではないですが変わったことのあった日には日記をつけていました。 「もう置いとく場所もないんだけど……」  コウ君は最後まで言葉にしませんが、日記帳をぱらぱらとめくり、眺めているネイルさんには察しがついているみたいです。フウ君のことも書いてあるから捨てたくないのでしょうね……。 「うちの宿帳の棚に置いてあげるよ」  ネイルさんがお客さんの情報を書き残す宿帳とは別に、お客さんが旅の思い出や宿へのお礼を自由に書くための宿帳が常備されています。すでに十冊以上にもなるその隣に、コウ君の日記帳を並べてくれるとのこと。 「……いつもありがとう、ネーちゃん」  コウ君はもう自分がネイルさんに会えないことを知っていますが、それとわかるお別れは伝えられません……。 「いいんだよ。あんたも、会いに来てくれてありがとうね。コウ」  はっきり言わなくても、本当の事情を話せなくても、ネイルさんにはお見通しかもしれません。コウ君の幼い頃にそうしてくれたのと同じように頭を撫でてあげました。ネイルさんにとってはコウ君が大人になっても、あの頃と同じように見えているのかも。  そのお気持ち、わかる気がします。私だって……。  いくら大人になっても、違う人の姿になっていても。私にとってそーちゃんはずっと、そーちゃんのままですから。  家もすでにコウ君のものではなくなり、その日はネイルさんの宿でお世話になりました。昨夜からのお食事もそうですが、彼女はコウ君からお代を取ろうとはしませんでした。
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