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この頃は手紙でくらいしか連絡手段のない時代でしたから、齢六十を過ぎたカイン君が老齢によって命を終えようとしていても、旅の途中のコウ君にそれを知る手段はないはずでした。本来でしたら。
影の世界のコウ君は夢幻竜様の能力によりそれを察知し、珍しくそーちゃんではなく自ら体を動かして病床のカイン君を訪ねました。この時は私も連れて行ってもらえなくて、こうして影の世界から見守っています。まぁ、私とカイン君には直接的な接点がありませんので、最期の時にお邪魔するわけにはいきませんよね。
「……なんだ、おまえかよ。何しに来た? 人がもうじき死にそうって時に、まるで嫌がらせだな」
カイン君は一目見た瞬間に、このコウ君が自分の友人ではないことを見抜いてしまいました。
随分と辛辣ですが、カイン君にとっての友人のコウ君はそーちゃんの方なので……今わの際、今生のお別れになってしまうかもしれないというのに、その友人に会わせてくれないなんて。嫌がらせと思われてしまえば否定し難いのも事実です。
「言っておくが……おまえの作るっていう世界がどんなものだか知らないけど、俺はそんなところへ行くのは御免だからな……たとえそこでフウに会えるんだとしても、俺の命は俺だけのもんだ……他人の好き勝手に動かされる謂れはねぇからな……」
もう四十年以上も前にたった一度、聞かされただけのお話だというのに、カイン君はちゃんと覚えていたみたいです。
「……カインが俺に会いたくないのくらいわかってる。用事が済んだらすぐあいつに代わってやるよ」
「用事……?」
「あいつの名前。ソウっていうんだ」
そーちゃんは、コウ君の体を使っている時、決して自分自身の名前を名乗りません。
カイン君が自分を嫌っているとわかっていても、自分が教えてあげなければ、カイン君は大切な友人の本当の名前を知らずに命を終えてしまうことになる……それはカイン君にとっても、そーちゃんにとっても申し訳ないと、コウ君は考えたのです。
「……そう、だったか。家名は」
「そっちは本人も知らないらしいから……」
「だったら……あいつは……ソウ・ハセザワだな」
「……ああ」
今になって、コウ君は少し、後悔し始めていました。体を貸すのはいいとして、コウ・ハセザワを名乗らせたのは間違いだったのではないかと。
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