旅するイリサ

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旅するイリサ

 私達の仲間のひとり、断罪竜様ことパー様の生まれ故郷であるR大陸の港町ミラトリス。彼の生まれた頃は犯罪組織が乱立し抗争も絶えず、治安はとても悪かったそうです。  現在、新暦六百年ともなると三大陸は全体的に平和になってきておりまして、ミラトリスも安心して歩ける街になっていました。犯罪組織が完全に一掃されたわけではないので過信は禁物ですが。  他大陸からの玄関口となる立派な船着場を下りてからすぐは海鮮市場になっていますが、しばらく歩くとお洒落な洋服や雑貨屋さんが寄り集まった通りに変わります。これも、人々の暮らしに余裕が持てる時代になってから変わってきた光景です。  この辺りを歩くのは女性や恋人同士ばかり、稀に小さな子を連れた家族連れ。傍目からは男の人のひとり歩きにしか見えないため、コウ君を奇異の目でじろじろと見ていく人も少なくありません。コウ君は私がそれらの店を見るのに付き合ってくれているだけなんですけど……。 「コウ君、無理に私の趣味に合わせなくてもいいんですよ?」 「通行人なんてその場限りなんだし、どんな目で見られようが関係なくないか」 「そうかもしれないですけど……」  私のせいで、何の落ち度もないコウ君が不審者めいた眼差しを向けられてしまうというのは、まるで無実の罪を負わせてしまっているみたいで心苦しいのですが……。 「第一、無理もしてないし。イリサがいなかったらまず見ないような物を見て歩くのは、オレにとっても退屈しのぎになってる」  そう言われると、コウ君のおっしゃることもごもっともです。私達は人よりも長い時を生きていかなければなりません。なおかつ人でしたら家族を持ったり年を取ったりして人生の段階によって見える景色が変わるでしょうが、私達はずーっと変わり映えのしない数百年を過ごしています。  ひとつの町に滞在するにしても、隅々まで見尽くしてようやく退屈を埋められるというもの。そんなお楽しみを、その場限りの人々に奇異の目で見られるからといって諦めてはもったいないです。  というわけで、私が自分の楽しみがためのお店巡りを気後れしていたのも今となっては昔のお話。ガラス越しに華やかなお洋服を見て、こんな意匠は素敵ですねぇなんてきゃっきゃとお話しして、それをコウ君は無表情ながらふんふん相槌をうちつつ聞いてくれています。
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