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お店の方には申し訳ないですけれど、こんなにも楽しませていただいているのに実際にお店に入ったり何か購入したことはありませんでした。洋服はもちろん、小物を買ったところで実体のない私には使えません。当てのない旅暮らしですから余計な荷物を増やしてはそれを持ち歩くコウ君の負担になります。コウ君の背負う鞄に入っているのは必要最小限の衣服と、日記を書くための筆記帳とペンだけですから。
この日までは、そうでした。この町に前回訪れた数年……だったか十数年、数十年前? うろ覚えですがともかく。その時にはなかったであろう新しいお店の陳列棚に、思わず足を止めてしまいました。
「……イリサ?」
コウ君は私が立ち止まったのにしばらく気付いていなかったらしく、少し離れたところからそう呼びかけ、私が動かなかったのでそのまま戻ってきてくれました。
「何か気になるのか」
「わ。ごめんなさい、つい目を奪われてしまって」
「別にいいけど。でもここまで強烈に目……ていうより心奪われてるのは珍しいな」
私の心をこれほどまでに捕えた物とは一体何だろうと、コウ君も展示窓を覗き込みます。
「これは……見事な積み方だな。よく落っこちないもんだ」
「ええ……すごいですよね」
いくら窓に寄りかからせるようにしているとはいえ、天井に頭を着けてしまうほどに、ぬいぐるみが積み上げられているのです。もちろん、うつぶせではなく全てのぬいぐるみが窓の外を見るように配置されています。大きさだって種類だって統一されているわけではなく、くまやうさぎや猫といった動物の大小様々なぬいぐるみがこっちを見ています。
「ここまで大群だとなんだか、原始的な恐怖心を覚えるんだけど……」
「えーっ、そうですか? どれもこれもみーんなかわいらしいじゃないですか!」
「ひとつひとつ見てたらそうなのかもしれないけど……陽当りのいいところにずっと置いてるから色褪せてて、なんだか恨みがましい目をして見える気がする……」
「コウ君って意外と感受性が豊かですねぇ」
それはそうと、展示窓が物で敷き詰められているおかげで、通りに並ぶ他のお店と違って店内がまるで見えないのです。これでは逆に店内がどうなっているのか気になってしまうというもの。
展示窓を外から眺めるだけの万年冷やかし客だった私達が、世にも珍しくドアを開けて中に入ることにしたのです。これがお店の方の戦略だとしたら大したものだと思います。まんまともくろみ通りになってしまいましたから。
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