国死病

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国死病

ツバサ様達がお戻りにならないまま、九月を迎えてしまいました。コウの体がこの世にあるのは、残りあと十五日になってしまいました。  さすがに私も後ろ向きな思考が拭いきれなくなり、ふたりの知らぬところでこっそり重い溜息をつきます。気を取り直して今後の目途をコウと話し合いましょう。そう思いながら彼らのいる部屋へ入ります。  コウはまだ寝台で眠っていましたが、そーちゃんが着替えをしていました。そのそーちゃんが自分の腕とお腹をしげしげと見下ろしています。 「どうしたんでしょうか、そーちゃん……その、痣のようなものは」  本人に訊ねてもわかるはずもなく、首を傾けます。右腕とお腹に赤茶色の染みのようなものが浮いています。あせも……? いえ、もっと皮膚の根深くから滲みだしたような禍々しい色です。  急いでコウを起こし、ふたりでそーちゃんを小児医院へ連れていきました。病院は人でごった返しています。先生にお会いできるより先に、同じく子供を連れてきていたご婦人から、グラス王国で急性に流行した疫病で大変なことになっていると教わりました。  診察はほんの数分で終わってしまい、そーちゃんだけでなく私達も保菌疑い対象者ということで、すぐに王宮へ向かうよう指示されました。取り急ぎ、王宮にある広い公会堂を隔離施設にしているのだそうです。まさかこんな形でグラス王国の王宮に立ち入ることになろうとは夢にも思いませんでした。  三人一緒にいられることだけは不幸中の幸いでしたが……それからの十五日間には、それ以外の幸いなど一切与えられませんでした。私だけはほんの少しマシだったのでしょうか……最後の十五日間をこんな風に過ごすしかなかったコウとそーちゃんが本当に、本当に、かわいそうで……。  この時点ではその感染症に名前はありませんでしたが、後世の人々によって「国死病」と呼ばれるようになりました。この頃、大陸の中央、最も大きな魔力溜まりを占拠し最大の国力を有していた「グラス王国」は、その病によって滅びたからです。  最初は体の一部に赤黒い痣が浮かび、それが徐々に全身に広がっていく。とても幸いなどと思いたくありませんが、感染しても肉体的苦痛はほとんどありません。ただ、ゆっくりと体の自由が利かなくなり、意識を失ったらもう目覚めることが出来ない。感染力は非常に強く、あっという間に国全体に広がってしまいました。  そーちゃんの感染を知ってから、コウは私にそーちゃんを触れさせてはくれませんでした。どうせ私も先は長くないでしょうから、せめてそーちゃんに触れていたい。そう懇願しても断固として拒絶しました。
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