新暦三年九月十五日

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新暦三年九月十五日

 九月十四日。私達は覚悟を決めて、王宮を離れました。コウの体がどのような最期を迎えるのかわかりませんが、人目に付く場所でヒー君の時のような変化が起これば騒ぎになってしまうかもしれません。  王宮の真後ろは何もない寂しい草原で、私達はあてもなくそこを歩いていました。コウにも感染の兆しが現れ始めていて、頬には赤黒い染みが浮かんでいます。  どれくらい歩いたでしょうか……草原の中に、ほんの少しだけ小高い丘になっている場所があり、そこに一本の細い枯れ木が佇んでいました。ちょうど体力も限界で、私達はその根元に膝をつきました。振り返ると王宮は遠くに、小さく見えます。 「そーちゃん……」  返事をしてください、と言いそうになって、そもそもそーちゃんは健康な時でさえ返事など出来なかったことを思い出します。まだ目は開いていますが、全身のいたるところが赤黒く、もう何日も前から体を動かしません。 「どうして……、どうしてこんなことになってしまうんですか? そーちゃんが何をしたっていうんですか?」  思えば、そーちゃんだけではありません。一緒に生まれた弟のあおちゃんの体だって、本人に何の責もない神罰を受けているのです。  そうしている間にも、無情にも空は刻々と色を変えていきます。遂に辺りは真っ黒になり、頭上には煌々と月が輝いていました。 「俺達は、無理でも……せめて、ソウだけは……長く、……幸せに生きて欲しかったのに……たったそれだけすら、叶わないっていうのかよ……」  コウはそーちゃんの体をぎゅっと抱きしめます。力を込めすぎて自身の体は小刻みに震えていますし、なんとなく、そーちゃんの体を潰してしまいそうな不安に駆られます。けれど、それを止めようとはとても思えません。 「どうして、こんなにも……何もかも、失い続けなきゃならないんだよ……。こんな思いをしなきゃならないなら、……俺達は、何のために、生まれてきたんだよ……」  コウ自身は知らないでしょうが、その言葉は……彼の妹のヒナも、同じようなことを言っていました。彼らきょうだいは生まれた頃から酷薄な環境の中で、唯一得られた幸いがソウジュ様やツバサ様にお仕え出来たことで。ツバサ様との間に授かった命を守ることが、残された寿命を支える心の柱だったのでしょう。少なくともコウにとっては、きっと、そうだったのです。  もはやコウは言葉もなく、ただただ泣いていました。まるで幼子に戻ってしまったかのように。
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