新暦三年九月十五日

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「コウ……」  今すぐにも終わってしまいそうな命だというのに、こんな最期は悲しすぎます。せめて涙を拭ってあげたい。そう思って手を伸ばした時でした。  私の伸ばした指先、コウの頬が少しずつ、黒く染まっていきました。感染症の染みとはまた違う、真っ黒な色で。むしろ頬にあった赤黒い痣も覆い尽くしていきます。  それはほんの数分で全身に広がっていき、彼と体を接しているそーちゃんも黒い色に飲み込まれていきます。そんな異常な光景をただ眺めながら、私は動けずにいました。せめてそーちゃんを引きはがすべきでは。あまりの衝撃に、そんな判断さえ出来ないまま硬直していました。  やがて二人は黒いひとつの塊のようになってしまい、少しずつ地面に沈んでいき……そして、消えてしまいました。  私は草原にひとりぼっち、呆然と……しばらくは喪失感さえ知覚出来ないまま、ただただ時ばかりが流れていきました。  コウとそーちゃんが私の目の前から消滅してしまってから、どれほどいたずらに時を過ごしたでしょう。ふと正気に返った私は、グラス王国へ引き返しました。やらなければならないことと、そうしたいなと感じたことがありましたので。  ひとっこひとりいない草原を黙々と、風に吹かれながらただただ歩く。私の体にはまだ命が残っていますが、まるで死後の世界のようだなぁと思ってしまいました。草の一本ずつにだって命は宿るのですから失礼な話ではありますが。  半数以上の国民が感染して混乱状態のグラス王国をくまなく歩き、どうやらツバサ様達がここには戻られていないことを確認します。ここで落ち合うという約束であったとはいえ、もしこんな情勢でお戻りになったらと心配でした。神竜の体というのは感染症に罹ったりするものでしょうか? ツバサ様自身に害がなくとも、ヒナとあおちゃんにとっては危険極まりないです。  ずっとずっとツバサ様達にお会いしたいと願い続けて旅をしてきたというのに、今は必ずしもそうは思えませんでした。再会したら、コウもそーちゃんも何の救いもなくこの世から消えてなくなったことをお話ししなければなりませんから。  そーちゃん、コウと感染して、彼らと密接に関わり合っていた私は未だ感染しないまま。感染者で溢れるグラス王国に戻り、私も感染してどうぞ。などと、不本意にもお亡くなりになった方々からしたら失礼極まりない願望を抱きながらさ迷っています。私だけが無事であるという現実が腹立たしくてなりませんでした。  今の私達には知る由もなく、後世の研究で明らかになったことですが、感染しても発症に至らない体質の人もいるそうで。おそらく私もそうだったのでしょうね。
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