愛しています

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「……ソウジュも、君を愛していたよ……だからこそ」  何事か悔恨しようとして、彼は言葉を止めてしまいました。私を見下ろす目は私へなのか、……他の誰かなのかわからない憐憫に揺れていましたが。不意に力強く、何かを決意したような目に変わりました。  跨ぐのではなく足の方から避けるように移動して、ソウジュ様は私の背中側に立ちました。  白銀竜様の神器を背中から下ろし、時間をかけて長い鞘を抜き、地面に放ります。  二歩、三歩、私から離れ歩みを進めたところで、その長い刀身を地面に突き立てました。背中側での行動で私は身動きがとれないため、音で判断するしかありません。  ソウジュ様は私の元へ戻り、背中とひざ裏に腕を差し入れ、私の体を持ち上げて立ち上がりました。そのまま後ろを振り返らず、あの枯れ木を目指して歩き出します。 「これから君の眠るこの聖地を、人の手には触れさせない。誰にも穢させない」  ソウジュ様に抱き上げられ移動する間、私はただただそのお顔を見上げていましたから……枯れ木に辿り着き、ソウジュ様が私を抱いたまま木の根元に腰を下ろすまで、周囲の変化に気が付きませんでした。  私が倒れていたらしき場所から、周囲の草原が青い色に染まっていました。私の体はもう大部分が……顔から上のような、鏡もなしに自分で見えない箇所まではわかりませんが、おそらく……人の体ではなく水に変わっている気がします。 「大丈夫だよ。君が見えなくなるまで、僕はここにいるから……」  先ほど再会してから初めて、ソウジュ様は優しく、穏やかに微笑みました。ツバサ様のお顔ですが、その笑い方はソウジュ様そのものでした。  そんな場合じゃないのに、思わず。えへへ……なんて呑気な笑いがこぼれてしまいました。嬉しかったから。今の私にはもう言葉が出せそうになくて、それが精いっぱいでした。  受け止めきれない大きな悲しみ、理不尽に見舞われて見失いかけていました。  私の、生まれてから最初の意味のある記憶は、ソウジュ様との出会いから始まりました。それから出会った人々……ツバサ様や、ヒナや、コウや、そーちゃんや、あおちゃん……たとえ最後には失われてしまったとしても、彼らと過ごせた日々は確かに幸せで、たった二十年しかなかった私の生涯は決して不幸ではありませんでした。  最後にソウジュ様が側にいてくれて、それを思い出すことが出来て、嬉しかった……。  それが、私が人間だった……愛する人達から「サクラ」と呼ばれた、桜隣という名のひとりの女だった私の覚えている、最後の記憶でした。
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